
三田紀房の起業マンガ『マネーの拳』を題材に、ダイヤモンド・オンライン編集委員の岩本有平が起業や経営について解説する連載「マネーの拳で学ぶ起業経営リアル塾」。第9回は、中小企業で起こる「黒字でも廃業」の実態やその背景をひもとく。
「モヌケの殻」の工場見つけたものは?
従業員の西野浩樹に資金を提供し、西野が所有する縫製工場の2度目の不渡りを防いだ主人公・花岡拳。縫製工場にビジネスチャンスがあるという自身のカンを信じて訪れるも、工場には従業員はおろか、ミシンや機械すらもなく、まさに「モヌケの殻」な状態だった。
花岡はそこで、地元の同級生であるヨーコこと工藤陽子と再会する。工場の従業員だったヨーコは、手形の決済がどうなるか気になって、1人で工場を訪れていたのだ。
青春時代に“高嶺の花”だったヨーコとの偶然の再会こそが、自身のカンの結果なのかとも疑う花岡。あらためて空っぽの工場を見て、「高い授業料を払ったと思うことにするか…」と自戒する。
そして工場から出た花岡たちだったが、西野の工場の向かいに、これまた閉鎖された衣料向けプリント工場を見つけ、内見をする。
今すぐにでも事業を再開できる状態だったプリント工場。ビジネスこそうまくいっていたが、後継者不在のために社長が工場を閉鎖して売りに出し、かつてともに事業を行っていた西野に鍵の管理を託していたのだという。
プリント工場の社長は高齢で、息子がいるものの別の仕事に就いている。ファッション業界といえど、大規模で低コストな中国メーカーに太刀打ちできず苦戦しているため、若い人材があとを継がないのだと西野は説明する。状況を聞いた花岡はついに答えを出す。
「ファッションがすべてなくなるなんてこと絶対にない。国内の競合相手は減る一方…若いやつの参入もない」
「うまくすりゃこの市場独占できる!」
そんな算段を立てる花岡たちの前に、西野の工場にTシャツを発注したいという人物が現れる。その後の展開はマンガで確かめていただきたい。
「黒字でも廃業」一体どうして?

今回登場するプリント工場は、事業こそ順調だったが、後継者不在のために売却先を探していた。実は中小企業の「事業承継」は20年近く、M&A(Mergers & Acquisitions、企業の統合・買収)の大きなテーマになっている。
かつて中小企業における事業承継とは、経営者の子どもや親族に対して行われるのが一般的だった。理由はいくつかあるが、多くの中小企業において、「経営者≒過半数の株式を持つ大株主」だったことが最大の理由と言っても過言ではない。
株式会社では、議決権のある株式を過半数持っていれば、株主総会の普通決議を単独で可決できる。つまり、実質的には経営者個人の意思が、そのまま株主総会の結果に反映できるという構図がある。
そのため経営者は自らの子どもや親族を自社に入れ、次代を担う経営者として育成するのが普通だった。
もちろんその頃から、信頼できる従業員が承継する、M&Aによって他社が承継するというケースもあったが、親族以外に承継する場合、相続税や贈与税、地元金融機関との関係値、経営者保証の解除や再設定などなど、手続き上の手間も多くあったそうだ。
しかし2000年代以降、中小企業経営者の高齢化が問題となり、マンガに出てくるプリント工場のように「黒字でも廃業」というケースが増えてきた。都心部ならまだしも、地方ではその流れが加速していくことになる。
国も黙って見ていたわけではない。2000年代半ば以降、中小企業庁などは「事業承継」というキーワードを用いて、この問題を論じてきた。
あわせて、ガイドラインの公開や相続税・贈与税の優遇措置などの制度改革を進めてきた。岸田政権時代に発足した「新しい資本主義実現会議」でも、2025年3月に議題になったばかりだ。
そういった背景もあり、最近勢いを増すM&A仲介事業者たちも、事業承継を1つのテーマとして積極的に取り扱っている。
従来からある親族への事業承継でも、この数年で新しい動きが目立ってきている。老舗中小企業の後継者が、これまでの知見を生かして新たな事業を展開するケースも増えているのだ。
メディアやSNSなどではカタカナ表記で「アトツギスタートアップ」などと呼ばれることもある彼ら・彼女らの一部は、承継した会社の子会社を設立し、外部資本を取り込み、いわばスタートアップ同様のビジネスをしているケースもある。
余談だが、ある老舗ラーメン店が、弊社オフィスから1駅の場所に支店を出したので、筆者もオープン間もなくその店に行ってみた。
順番待ちの際に企業サイトなどを確認したところ、実はこのラーメン店も後継者不在で事業承継のためのM&Aを受け入れ、現在は大手立ち食いそばチェーンの傘下に入っていることを知った。大手の資本を武器に支店を拡大する――事業承継の好事例のおかげで、近場でおいしいラーメンにありつけたわけだ。
なりゆきでの受注を契機に、工場の再稼働に奔走する花岡。機械とスタッフの再集結を試みるが、そこでもまた大きな試練が待ち受ける。

