ベストプラクティスを捨て「未来を創造する企業」が生き残る(後編)藤井剛(モニター デロイト ジャパンリーダー)
デロイトの戦略プラクティス、モニター デロイトのジャパンリーダー。社会課題解決と競争戦略を融合した経営モデル(CSV)への企業変革に長年取り組む。デロイト トーマツ コンサルティングのCVO(chief value officer)を兼務。著書に『CSV時代のイノベーション戦略』(ファーストプレス)、共著に『SDGsが問いかける経営の未来』(日本経済新聞出版)など。

3年前のコロナ禍突入で、景気低迷とサプライチェーン分断。1年前のウクライナ紛争で、コストプッシュ型インフレ拡大。文字通りの不確実性の時代、先が見えない中で、経営者は何をなすべきか。ピーター・ドラッカーは「未来を予言する最善の方法は、未来を作り出すことである」と述べていたが、5年前に同様の提言をしていたコンサルティングファーム戦略グループの日本代表に、その方法論を聞いた。前編と後編の2回に分けてお届けする。後編は、大企業が未来創造企業であるための投資戦略や組織戦略を論じている。(聞き手/経営戦略デザインラボ編集長 大坪亮、文・撮影/嶺竜一)

企業の持続的成長に必要な
イノベーティブな投資比率

――『Detonate』と『Provoke』の著者の1人であるジェフ・タフ氏は、企業の持続的成長のための投資比率の黄金比を見つけ出し、論文『イノベーション戦略の70:20:10の法則』を2012年5月号のハーバード・ビジネス・レビュー(邦訳『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2012年8月号)に寄稿されていますね。

 ジェフ・タフらは約10年前、製造系、ハイテク系、消費財系の各分野の企業を対象とする研究で、企業の資源配分比率と、株価で測るパフォーマンスの向上に、有意な相関があるかどうか調査しました。

 その結果、イノベーション活動の70%を中核イニシアチブに、20%を隣接イニシアチブに、10%を革新的イニシアチブに割り振っている企業は、同業他社のパフォーマンスを上回り、概して10~20%高いPER(株価収益率)を達成していたことを突き止めました。

 中核イニシアチブとは「既存の顧客向けに既存の製品を最適化すること」、隣接イニシアチブとは「既存の事業から自社にとって新しい事業へと拡大すること」、革新的イニシアチブとは「ブレークスルー製品を開発しまだ存在しない市場に向けた創出を行うこと」を指します。

 つまり、企業が今行っているビジネスへの投資は7割にとどめ、3割を売り上げのない新しい事業開発に振り分け、そのうちの1割を世の中に存在しない商品やサービスへと振り分けるということです。

 この黄金比率を実践している代表的な企業はGoogleで、共同創業者のラリー・ペイジは70:20:10のバランスを目指して投資しており、実際にGoogleが提供する本当の意味での新しいサービスは全て革新的イニシアチブに割かれる10%の経営資源によるものだと語っています。

――近年話題の経営書『両利きの経営』(チャールズ・オライリー、マイケル・タッシュマン著、東洋経済新報社)では、企業の持続的成長には既存事業の深化に加えて、新規の探索が不可欠で、「探索のための投資をどう維持するかが課題」と論じていますが、今のお話はそれに通じると思いました。そして、そのための投資配分を数字で示している点が、より実践的ですね。しかし、日本企業でそこまで新規事業に資源を投じている企業は少ないのではないでしょうか。

 そうかもしれません。ジェフ・タフは、自らの感覚として、10年前に発表した70:20:10の法則は既に古く、現在は隣接イニシアチブと革新的イニシアチブの比率がより高い企業のパフォーマンスが高いであろうと考えています。今後、黄金比率は50:30:20に近づいていくだろうと予測しています。

 テクノロジーの進歩が急激なため、既存企業の競争優位の持続期間が短くなっています。大企業を脅かすのは、革新的テクノロジーを武器に台頭するスタートアップであることは周知の事実です。それに対抗していくためには、大企業が、自らの既存事業を破壊するくらいの意思を持って、革新的イニシアチブへの投資を高めていくことです。

 これは、資金の投資だけではなく、あらゆる経営資源を革新的イニシアチブに投じていくことが必要です。

――日本企業が不確実性の時代に、Detonateし、Provokeすることを経営の成果に結実させていく上でポイントになることは何でしょうか。

 今あらためて着目すべきは「バリュー」(価値、価値観)だと考えています。日本企業の中でも先進企業は、深い内省の結果からパーパスを策定していますが、それでも、それが事業モデルや価値連鎖の変革、あるいは個々のメンバーの価値観や行動様式の変容まで、つなげて変革できている企業はまだ多くないと感じます。

 ドラッカーが言うミッション・ビジョン・バリューの中で、パーパスはミッションの変化系です。そこまでは変わっても、バリュー=組織や個々人の行動上の価値観が変わりきっていないのです。

 企業価値のモノサシが、シェアホルダー(株主)中心から、マルチステークホルダー(株主に加え、従業員や顧客などを含む)が見る価値の総和へシフトする中で、自社が追求する各ステークホルダーへの提供価値を経営の軸としてあらためて言語化し、それを高める経営活動にシフトしていくことが必要になっていると思います。

 また、価値の創り方=バリューチェーンも重要です。モノからコトへのシフト、評価軸としてのESGが浸透し、かつインフレが進む中で、さまざまな価値を顧客体験という形に昇華して結果として価格にも示していくように、バリューチェーンをさらに変えていかなければならないでしょう。

 そして、組織の「価値観」も重要です。従業員1人1人が「価値創造」をドライブしやすい、Provokeしやすい組織構造・組織カルチャーに変革していくことが欠かせません。しかし実情では、パーパスを掲げても、従来型のヒエラルキカルな組織構造の中で過去の行動様式を変え切れていません。