VUCAといわれる時代にあっては、無節操の多角化はともかく、必ずしも「選択と集中」がグループ経営の最適解とは限らない。NTTの島田明社長もインタビューの中で「視界不良下で特定事業に絞り込み、そこに集中的に投資するのはリスクが高すぎる」と述べている。その一方で、何がうまくいくのかも読めないため、想定外の成長を遂げる事業、逆にシュリンクしてしまう事業が出てくる可能性を排除できない。

 このように先行きが読めないからこそ、「あれかこれか」という二元論ではなく、「あれもこれも」と、どちらもおざなりにすることなく取り組む脱二元論の姿勢は、一つの見識といえるのではないか。

 こうした考え方を、一橋大学名誉教授の野中郁次郎氏は「二項動態」と表現しているが、そもそもは司馬遼太郎によって戦後に再発見された19世紀の哲学者、清沢満之(きよざわまんし)が弁証法を修正・代替するものとして編み出した概念「二項同体」で、ここに原点がある。その意味するところは、二項は二項のままとし、極を消すことで多義性や多元性を受け入れつつ、その二項をつなげることだという。

 こうした二項同体には、古くは日本土着の神道と大陸より伝来した仏教を併存させた神仏習合があり、またNHK大河ドラマで再評価された渋沢栄一の道徳経済合一、西田幾多郎の絶対矛盾的自己同一、関西圏における共生(ともいき)経営なども同様である。

 野中教授が同体を動態と言い換えたのは、現実世界における二項(多項)は相互に影響し合い、時には混ざり合う「ハイブリッド」で動的な関係だからである。この二項動態的な考え方は、人間の集団、すなわち文字通り有機体である組織(organization)をマネジメントするうえで忘れてはならない。なぜなら、人間は「矛盾の塊」だからである。

 しかしながら、二項動態のバランスを図ることは想像以上に難しい。付加価値の創造に結実させるには、矛盾やジレンマ、時には従業員を切り捨てるのではなく、これらを受容し、一人ひとり異なる組織メンバーの特徴や可能性を活かし、時には融合させる必要があるからだ。

 グループ経営では、遠心力と求心力を同時に働かせるマネジメント、リーダーシップが要求されるといわれる。とはいえ、規模が大きければ大きいほど、こうした矛盾やジレンマ、その結果としてのコンフリクトなど複雑さが増すため、けっして一筋縄ではいかない。

 こうした割り切れない問題であふれている、連結従業員数34万人超という大組織の改革を推進する島田社長いわく「最後は人である」。本インタビューでは、人間第一主義の島田流のグループ経営の要諦を聞く。

変化に適応するには
組織をたえず見直す必要がある

編集部(以下青文字):2023年6月で社長に就任して1年を迎えます。澤田純会長は社長時代に、NTTドコモの完全子会社化やグループ内の海外事業統合など、大胆なグループ再編を断行しました。そのバトンを引き継ぐことを告げられた時、その心境はどのようなものでしたか。

人間第一主義のグループ経営日本電信電話(NTT)
代表取締役社長 島田 明
AKIRA SHIMADA
1957年東京都生まれ。1981年一橋大学商学部卒業後、日本電信電話公社(現日本電信電話〈NTT〉)に入社。NTT東日本で総務人事部長、NTT西日本で財務部長や総務部門長などを歴任し、2018年NTTの代表取締役副社長に。以降、副社長としてCFOやCHROを務め、前社長の澤田純氏(現会長)とともに8年間、NTTグループの改革を推進してきた。2022年6月より現職。NTT東西、NTTコミュニケーションズ、NTTデータなどのグループ企業、ヨーロッパ、アメリカでの海外赴任の経験を持つ。

島田(以下略):まず感じたのは「これは重責だな」と。どのような事業もそうでしょうが、とりわけICTは環境変化が激しい分野です。日本電信電話公社(通称電電公社)が民営化してNTTが発足した1985年当時、売上げの約80%は音声(通話)関連の事業でした。それが現在では、モバイル機器を入れても15%程度です。言い換えれば、現在の売上げの大半はこの40年弱の間に生まれた事業から生じているわけです。

 しかも、変化のスピードがさらに速まっていくのは疑いようがありません。構造改革を進め、次世代にふさわしい事業ポートフォリオへと再構築していくことが、我々経営陣の最大のミッションです。

 グループの従業員は35万人に迫ろうとしています。その家族を含めれば100万人規模の人たちに会社を支えてもらい、また彼らの生活を預かっている。まさしく重責を背負っているわけです。

 その巨大企業集団が、民営化に続いた一連の分割から30年の時を経て、再統合を進めています。

 最初にお断りしておきたいのは、好んで組織再編をしているわけではないということです。組織をいじるにはかなりのエネルギーを必要とするだけでなく、いくらやっても内向きの活動でしかありません。成長を考えるならば、新規事業開発や営業など外向きの活動にもっと力を注ぎたいのですが、「組織は生き物」なので、時代や環境に合わせた形にしなければならない。ですから、見直しをしているわけです。

 昨2022年は海外事業の再編と、ドコモによるNTTコミュニケーションズとNTTコムウェアの子会社化が重なりましたが、それにはしかるべき理由があります。

 グループ全体の海外事業については、2000年以降、NTTコミュニケーションズとNTTデータの各グローバルユニット、ならびに2010年に傘下に入れた南アフリカのディメンションデータが主体となり、これまで50社ほどを買収してきました。

 しかし、グローバルで存在感や視認性(ビジビリティ)を高めて、お客様からしっかりと認知されるためには、一つのブランドとして打ち出していくべきであり、こうしたブランド統合については、以前からグループ内でも暗黙の了解がありました。

 とはいえ、すべての海外事業をいっきに統合するのは言うほど簡単ではありません。そこで、まずはNTTコミュニケーションズ、ディメンションデータ、NTTセキュリティのグローバル事業を統合し、2019年にNTTリミテッドを設立しました。そのPMI(合併・買収後の統合)が一段落した2022年10月、NTTデータが新たに設立した海外事業の統括会社(NTT DATA,Inc.)の傘下に、NTTリミテッドを置きました。

 そして今年2023年7月には、NTTデータが持ち株会社へと移行し、同社の事業は国内と海外に分割され、それぞれの統括会社の下に入ることが決まっています。こうして最終的には、NTTグループの海外事業はすべてNTTデータの下に集約されることになります。

 グループ国内事業においては、2020年12月にNTTドコモをNTTの完全子会社とした後、法人営業に強いNTTコミュニケーションズとソフトウェア開発力を持つコムウェアをNTTドコモの子会社とすることで、新生ドコモグループが誕生しました。こうした国内外事業の統合の結果、NTTグループは、ドコモ率いる「総合ICT事業」、NTT東西による「地域通信事業」、NTTデータ率いる「グローバル・ソリューション事業」、不動産やエネルギーなどの「その他事業」という、大きく4つのカテゴリーに再編されました(図表「NTTグループの新体制」を参照)。

 ドコモグループの再編については、技術の視点から市場をとらえ直した結果です。これまでNTTグループでは、法人向けの固定ネットワークはコミュニケーションズ、無線の移動体通信ネットワークはドコモと棲み分けてきましたが、5Gの登場によって両者の融合が始まっています。つまり市場が一つになるわけです。したがって、組織を分けておく必要はありません。すでに競合他社は一元体制を敷いています。

 また、ネットワーク事業の競争力を強化するにはシステム開発力が不可欠なため、それを得意とするコムウェアも加え、総合ICT事業を司る新生ドコモグループを誕生させたのです。たまたま海外事業の再編とタイミングが重なったことで大再編と注目されてしまいましたが、やるべきことを粛々と進めてきた結果にすぎません。当面は、シナジーがきちんと出るように、PMIに取り組んでいくつもりです。

 今後も必要に応じて再編することはあるでしょうが、先ほど申し上げたように、成長には新規事業開発や顧客開拓など、外向きのテーマに時間もエネルギーも振り向けるべきですし、そうしたい。組織再編は、あくまでも環境変化に適応するための一手段なのです。