それでも、あまりの過酷さに耐えかねて一度は団結をして蜂起する労働者たちだったが、頼みの綱だった日本海軍にあっけなく鎮圧されてしまう。やがて、もう一度組織化を試み、船長たちに立ち向かっていこうとするところで本編は終わる。今読むと、労働争議に対しては理想的に過ぎるようにも見えるが、当時としてはこれが精一杯の希望だったのだろう。

 二〇〇八年から〇九年、年越し派遣村などが話題になった時期に、空前の『蟹工船』ブームが起き漫画化や映画化もされたので、そちらで触れた方も多いのではないか。様々な角度から、現代社会と通底する面がある作品で、最近は「現代の蟹工船」という比喩が一般にも使われるようになった。

 本作の発表は一九二九年。翌年に不敬罪、治安維持法違反などで起訴される。三一年に保釈出獄するが、二年後に再逮捕。そして、その日のうちに拷問により警察署内で死亡。

 日本近代文学は、誕生から半世紀も経たないうちに、大きな岐路に立つこととなった。

書影『名著入門 日本近代文学50選』(朝日新書)『名著入門 日本近代文学50選』(朝日新書)
平田オリザ 著