購買・利用行動とウェルビーイングの懸け橋となる
熱狂を起点としたファンマーケティング

 今日、多くの企業が消費者との対話・交流の場としてSNSやコミュニティーを組成・活用するなど、人々をファン化させること(=ファンマーケティング)に躍起になっている。ここでは、消費者との強い関係性に根差すLTV型のビジネスモデルの注目が進む中、これに対して業界横断的に大きなインパクトを与える先進的なテーマとして「ファンマーケティング」について取り上げる。ファンマーケティングは、前回解説したウェルビーイングを企業経営に組み込むための5つの要諦のうち、「顧客のウェルビーイング実現を提供価値の核にする」と深く関連している。このファンマーケティングを成功させるために外せない要素として「熱狂」がある。実はこの熱狂とウェルビーイングの間に強い関係があることがPwCコンサルティングの独自調査から判明している。

 具体的には、人々の熱狂を定量化し見える形としたPwCコンサルティングの「全国熱狂実態・幸福度調査2021」より、熱狂対象がある人の方が、ない人に比べて幸福度の平均が高いことが分かっている*1。何かに熱狂するファンの行動には幸福が伴い、この熱狂こそが消費者の購買・利用行動とウェルビーイングとの懸け橋となっているのである。企業目線では、いかに消費者の熱狂に入り込み継続的な関係性の維持を図るかがLTV向上の根幹である。これを実現するための手法としてファンマーケティングの重要性を改めて認識することができる。ここからは、企業各社がファンマーケティングのような消費者向けWXを仕掛けていく際に重要となる3つの要素を紹介していきたい。

 一つ目は「ウェルビーイングの可視化」である。従来の消費者調査に幸福度・熱狂度の観点を組み込み分析することで、より深く立体的なインサイトを導出することが可能となり、消費者向けウェルビーイング実現の過程においてまず行うべきアクションであるといえる。

 ビールメーカーのヤッホーブルーイングは、ファンとのエンゲージメントをNPS(Net Promoter Score)と熱狂度によって検証していく形のKPI指標を設け、主催する顧客交流イベントなどを通じて熱狂的なファンの獲得に成功している。競合との間に機能や価格に大きな差異を見いだしづらい商材を扱うB2C企業が、消費者のウェルビーイングを可視化させて経済価値を最大化させているファンマーケティングの好例である。

 二つ目は「消費者セグメント別の施策立案」である。前段で可視化した幸福度・熱狂度を含む消費者調査の結果を基に、クラスタリングやプロファイリングを行い、消費者をセグメント別に捉えることでより個別最適化された施策が打てるようになる。熱量の高い熱狂的ファンとそれ以外、関心層と無関心層など、セグメントの切り分け方は企業ごとに検討の余地があるものの、消費者のセグメントごとに企業に対して求めているものが異なることは自明であり、こういった消費者目線での検討の積み重ねがウェルビーイングの実現に寄与していくのである。

 PwCコンサルティングが実施した「全国フード&エンタメ実態・幸福度調査2022」からは、「食へのこだわり」と「平均幸福度得点」の2項目に相関があることが判明している(図表2)。これはアンケート結果を基に男女別にクラスタリングを行い、それぞれのクラスターがどれだけのマーケットシェアを占めているかを示したものだが、「食へのこだわり」が強いクラスターほど、「平均幸福度得点」が高い傾向を示した。

 例えば、「M1:流行チェイサー」クラスターは、流行感度がかなり高く、美容施術や植物性代替肉、オンライン学習の利用割合が高いことから、自分磨きのために情報収集し、行動しているクラスターであるが、性格特性として外向的であり情動の安定性が高いことも影響し、幸福度が高くなっているようだ。本調査からは、幸福度を中心に、より多角的な軸で消費者を洞察すると、クラスターごとに食に対して求めるものが異なることが浮き彫りとなった。消費者をきちんとセグメントし、そのニーズ・課題を押さえた施策立案が必要となることが読み取れるだろう。

 特定の消費者クラスター向けの施策として、アサヒビールはビールが苦手な消費者をターゲットにインタビュー等の調査を行い、その結果を基にした商品を数量限定で発売するなど、新規ファン層の開拓に向けた試験的な取り組みを行っている。パレートの法則では2割の熱狂的なファンが売上の8割を作るといわれているが、この2割以外のライトな消費者層を新たにファン化するための取り組みも決して無視することはできない。消費者向けWXを仕掛ける企業は、むしろここにも新たな経済価値創出の機会を見出し、適切な施策の検討に力を入れるべきであろう。

 三つ目は「ウェルビーイング経営推進の対外的アピール」である。企業と消費者との感情的なつながりを構築するためには、ウェルビーイングへの本気度を外部発信して対外的にブランディングし、適切に理解を得ることが重要である。連載の第1回でご紹介した通り、パーパスやビジョンとしてウェルビーイングを掲げる企業が増え始めているが、その背景には、いまだ過渡期であるウェルビーイング経営に対して本気で取り組んでいることを何かしらの形で表明することで、コーポレートブランディングにつなげたいという意思があることが読み取れる。単にウェルビーイング施策について検討するだけでなく、この取り組みをいかに対外的に発信して消費者をファン化するかまでの検討が求められている。

 ここまでファンマーケティングを通じた熱狂の獲得により競争優位性を獲得できることを論じてきたが、すべての熱狂が幸福につながるとは限らないことにも言及しておく。顧客を熱烈な「信者」にする「カルトブランディング」という言葉が存在するが、「一部の愛好者が熱狂的に支持する」という前向きなカルトではなく、顧客に有害な影響を及ぼす「破壊的カルト」も時に作り出され得る。こういった「破壊的カルト」に近い熱狂を作り上げることからは、社会的公器である企業は距離を置くべきである。顧客を熱狂させ、長期的な幸せを支援することで、結果的に高いLTVと経済価値を築き上げることが可能となる。これは顧客との理想的な関係を考える上で、目指すべき姿の一つである。

*1 https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/thoughtleadership/well-being-report2021.html