経営アジェンダとしてのウェルビーイング

身体的、精神的、社会的に満たされている状態のことを指す「ウェルビーイング」が今、世界的に重要な経営アジェンダとなっている。SDGsの17目標の中の1つとして「すべての人に健康と福祉を」が掲げられたことや、幸福学についての長年にわたる研究の成果が結実し始めたことなどいくつかの要因が重なり、社会的注目の高まりから経営における重要事項へと、ウェルビーイングの潮流が広がっているのだ。PwCコンサルティングは実態を精査すべく、今年3月「世界働き手実態・幸福度調査2023」を実施した。この結果を踏まえて本連載では5回にわたって、ウェルビーイングに関する経営動向と取り組むべき施策について詳述していく。第1回は一連の流れの解説と、競争優位につながる道筋を論じる。

ウェルビーイングは、最も重要な企業経営マター

 国連で合意したSDGs(持続可能な開発目標)を軸に、近年、サステナビリティ(持続可能性)に社会的関心が高まり、政府などの公的機関による政策、投資家や消費者の要求を背景に、企業が重要なビジネス戦略として取り組む動きが加速している。同じような社会的変化の中で、ここ数年、企業が早急に取り組まなければならないテーマとして注目を集めるのが、本連載で取り上げる「ウェルビーイング」である。ウェルビーイングとは「身体的、精神的、社会的に満たされている状態」のことを指す。

 例えば、ポータルサイト「HRプロ」を運営するProFutureの研究機関であるHR総研が昨年9月に実施した調査では、約7割の企業がウェルビーイング経営の推進が必要であると感じている、という結果が出ている*1。

 ただし、ウェルビーイングと一口に言っても、従業員や消費者など対象はさまざまである。ウェルビーイングを起点にビジネスモデルを変革するような取り組み方も存在する。“とっつきやすさ”という観点では従業員向けが着手しやすく、PwCコンサルティングでも従業員幸福度調査をはじめとしたさまざまな取り組みを行っており、詳細については本連載の別回でご紹介させていただく。

 ウェルビーイングという言葉からは、ヘルスケアやビューティー等の特定業界にしか関係のないテーマと思われるかもしれないが、実際は、後述するような理由から、業種に関係なくパーパスや経営理念、経営戦略にウェルビーイングをビルドインし始めている企業が増えている。

 しかし、環境サステナビリティへの施策が表面的なものにすぎず、環境団体や投資家から「グリーンウォッシュ」と非難されている企業があるように、ウェルビーイングへの取り組みも正しく実践しなければ、反対に自社の評価を下げてしまいかねない。非財務情報開示の文脈に照らしてみても、内実を伴った具体的な情報の開示が投資家をはじめとしたステークホルダーから求められているのだ。

 このようにウェルビーイングの重要性に気づきつつも、多くの企業が取り組みに二の足を踏んでいるのは、その可視化・測定の難しさにあると我々は考えている。PwCコンサルティングでは、幸福学先行研究に基づく知見やそれらを踏まえた独自の消費者実態調査、自社を実験台とした取り組み、クライアント企業とのプロジェクトを通じて、「幸福度」を切り口にその可視化・測定に取り組んでいる。今年3月には、「世界働き手実態・幸福度調査2023」と題して諸外国間でのウェルビーイングに関する意識調査を実施した。

 そこで、こうした活動を基に、本連載では全5回で、従業員・消費者ウェルビーイングについての世界と日本の実態を明らかにし、経営施策の中でウェルビーイングをどのように実現していくか、そして、それが長期的な企業競争力につながるフレームワークを提示していきたい。第1回は、以下、「ウェルビーイングがいかにして競争優位につながるのか」について論じていく。

*1 「『ウェルビーイング経営』に関する実態調査」(HR総研×株式会社SmartHR 共同調査レポート)、2022年9月