「刷って終わり」のその先へ
しかも、そうした下請けの印刷会社の稼働率は3~4割ほど。印刷準備やメンテナンスに取られている時間があるとはいえ、それでも低稼働といわざるを得ない。コロナ不況で大打撃を受けたホテル業界のような状態が、印刷業界では常態化していたことになる。
そこで我々は、全国の印刷会社をインターネット上に束ねて、仮想的に巨大な印刷工場をつくり、インターネットで受けた注文を稼働していない設備で刷ってもらおうと構想し、事業をおこしたのである。いわゆる「シェアリングエコノミー」のビジネスモデルだ。
このビジネスモデルの肝(きも)のひとつはバックエンドにあり、そこにはラクスルが印刷物を小ロットでも安く請け負える仕組みがつくり込まれている。それは「固定費である刷版(さっぱん)という印刷工程を、複数の顧客でシェアする」という仕組みだ。
少々専門的な話になって恐縮だが、刷版とは「印刷機にセットする大きなハンコ」のようなもので、A1サイズの刷版からはA4サイズの印刷物が8面取れる。ラクスルはインターネットで日本中の顧客を集めるので、同じA4サイズの印刷物の注文を複数受けることができるため、「1つの刷版で8種類の仕事を受けること」ができる。
その結果、単純計算で顧客が負担する固定費(刷版代金)は8分の1になり、その結果、1万部以下といった小ロットの印刷物であれば、通常の印刷の5分の1ほどに安くなるというわけだ。
さらには、印刷したチラシを配ることも、ラクスルではワンクリックで完結できる。ポスティングや新聞折込をしたい地域をインターネット上の地図でエリア指定すると、どの地域に何新聞を購読している人が何人というデータまで出てくる。ポスティングが可能な軒数もインターネット上の地図でひと目でわかり、配布まで一括して依頼できる。
当然のことながら、既存の印刷会社は刷って終わりだ。なぜなら印刷会社だからだ。しかし、顧客は印刷して終わりではなく、たとえばそれがチラシであるなら、どう配るかまで考えなければならない。印刷会社にとっては、「刷る」という印刷工程が一区切りとなるが、顧客の一区切りは、後工程である「配る」も含めた「刷って配る」だった、ということである。
こうしたニーズに対応したラクスルは、瞬く間に顧客にとって替えのきかない存在となり、不況産業といわれる印刷業界において、事業を大きく伸ばしていったのである。