しかし、商品・サービスに対して顧客が求める「もっと便利で、もっと価値あるものが欲しい」というニーズは、生理的・物理的・制度的な制約から上限があり、一度満足した顧客は、次の改良品には興味をもたなくなる。
自動車の中には最高時速400キロの性能をもつものがあるが、ほとんどの人はそこまでの性能を必要としないし、4Kテレビの性能が素晴らしくても、4Kの性能を楽しめるコンテンツがわずかしかないうちは、多くの人はまだフルハイビジョンテレビで十分だと考えている。
第1図はこれを表した図だ。横軸は時間、縦軸は「既存製品の主要顧客が重視する性能」で、縦軸から一本ひかれている点線は、「既存製品の主要顧客が求めていて、受け入れ可能な性能」の上限を示している。
第1図 過剰な機能をもった商品が生まれる原因(『新規事業を必ず生み出す経営』P.26より転載) 拡大画像表示
性能向上が主要顧客の要求水準を下回っている間は、高性能化=高付加価値化の等式が成り立つ「持続的イノベーションの状況」である(グラフの左側)。この状況では、より性能の良い商品・サービスを開発し提供することで競いあうことが求められる。そして、良い商品は優良顧客に高く売れる。
持続的イノベーションで競争優位に立てるのは、実績のある既存企業だ。とくに、資本力のある大企業ほど、既存顧客を満足させるように組織が最適化されているため、資源を動員し、場合によっては外部から技術を導入するなどして、より高性能な製品をより廉価で提供できる。
ところが、性能の向上が主要顧客の要求水準を上回ってしまうと(グラフの右側)、これ以上いくら性能を向上させても、顧客は価値の向上を感じられなくなってしまう。あなたの家にも、一度も使ったことのない機能がゴテゴテと装備された電化製品が置かれているのではないだろうか。
ただ、顧客ニーズを超えた機能の過剰供給が市場で起こっていても、そのマーケット内で似たような競争をしている時点では、それほど大きな問題にはならない。
しかしある日突然、ラクスルのように従来のビジネスが見落としていた「より本質的な」課題や機会の発見と、従来のやり方を10倍、20倍超える効率性の提案が出てきたらどうなるか。
ひとたび破壊的イノベーションが顧客に受け入れられると、ユーザーが求める体験が別次元のレベルアップになってしまい、それまでの機能改善が無意味になることがしばしば起こる。そして、突然現れたニュービジネスに自社の本業が駆逐(くちく)されてしまうのだ。
業界に“聖域”なし ニュービジネスが既存プレイヤーを凌駕する時代に
もちろん、この破壊的イノベーションの脅威は、いまに始まったことではない。あらゆる産業・商品は、その端緒(たんしょ)においては破壊的イノベーションから始まっており、あなたがいま読んでいるこの書籍も、活版印刷技術の発明によって、一部の階級に独占されていた知識の流通構造を激変させた、破壊的イノベーションの産物だ。
しかし、これからの時代は、過去100年と比べものにならないスピードで、さまざまな分野でニュービジネスが既存のプレイヤーを凌駕(りょうが)することになる。一説には、世界の医学知識が倍になるのに1950年当時は50年かかっていたものが、1980年には7年、2010年には3.5年、そして2020年には73日へと、劇的に短縮しているという。
そうした中、自社の永い繁栄を築くために経営者がやるべきは、持続的イノベーションを超えた破壊的イノベーションの確実な創出と、これを継続的に起こせる組織づくりだ。
というのも、規模の大小に関わらず、日本の企業は「新規事業を生み出そう」と言いながらも、既存事業の延長線上にない破壊的イノベーションを伴なう新規事業を目指そうという意識が弱い傾向にある。世界の時価総額ランキングにおける、日本の大企業の後退ぶりが何よりの証拠だ。
私のもとに舞い込んでくる相談も新規事業とは名ばかりで、基幹商品にマイナーアップデートを加えるとか、付属商品を発売することを繰り返すだけで、なかなかリスクをとって新しいビジネスを生み出せない会社ばかりだ。
しかし重ねて強調するが、持続的イノベーションだけに注力してリソース(経営資源)を投下していたとしても、ひとたび破壊的イノベーションが現れ、市場のルールそのものを変えるようなことになれば、これまでの自社努力はすべて無化する。
そして、これは脅しなどではなく、破壊的イノベーションの波にまったく無縁な、聖域のような業界は、いまやどこにも存在しないだろう。
『新規事業を必ず生み出す経営』(日本経営合理化協会出版局)守屋 実 著
もし、いま従事しておられる業界が万一、破壊的イノベーションにまったく無縁な業界であるというのならば、これまでの延長線上で改善・進化させていければ、後発の競合に負ける可能性は非常に小さい。ただし、私にはそういう幸運な業界というのは、いまのところ思いつかない。
規制に守られた業種や参入障壁の高い業種、資格・免許が必要なセクターなどであれば、イノベーションの荒波が押し寄せるのが少し先になるかもしれないが、それも時間の問題で、押し寄せたときに無防備であれば取り返しはつかない。
こうした脅威に自社が今まさに晒(さら)されていることを、経営者はまずしっかりと認識していただきたいのである。







