いずれにせよこの提言は福田総理の退陣時期とも重なり、政策として実を結ぶことはなかった。むしろ、この提言はその趣旨と逆に、移民についての反対を促進させるきっかけになったのではと想像される。

 なぜならその後、麻生太郎政権、さらに民主党政権を経て、2012年12月の第二次安倍政権へと続くが、人口減少は深刻度を増していきながらも、移民についての「タブー度」は高まっていったからだ。

 小渕政権と福田政権内での移民政策は、いずれも十分な議論が行われることなく、次の移民タブー化の時代へと移っていく。

移民のタブー化の始まり

 では移民のタブー化はいつ始まったのか?

 移民について社会の雰囲気が変わったのは2010年、それは対中国、対韓国関係の悪化によるものと筆者は考える。移民と直接関係がない外交関係がタブー化をもたらした。

 中国との関係でいえば、2010年5月に温家宝総理が来日し、「戦略的互恵関係」の議論が進展したものの、同年9月の尖閣諸島中国漁船衝突事件、2012年の都知事による地権者からの買収計画、国有化以降、対中関係は一挙に悪化した。その後、中国での反日デモと日本企業等への破壊行為なども発生した。

 内閣府による「外交に関する世論調査」では、中国及び韓国に対して親しみを感じるかどうかを聞いている。2010年を境に対中国、対韓国への国民感情が急速に悪化しており、大きな改善が見られないまま現在に続いている。

 対韓関係では、李明博政権期になって、2011年8月に慰安婦問題の違憲判決、12年5月には元徴用工問題判決の差し戻しが行われ、さらに12年8月には李明博大統領が竹島に上陸する事件が次々と起こった。こうした過程を経て日韓関係が急速に悪化した。

 本来、移民政策と隣国への感情はつながりがないはずである。なぜなら日本が移民政策をとるのであれば、対象となるのはまずは東南アジアなどの途上国であり、経済が発展した韓国や中国からの移民は想定しにくい。