高度経済成長期、不動産会社の提案する画一的な家に住むことこそが人々の欲望となっていた日本。しかし社会が成熟化した今、人々の欲求は型にはめられた家では満たされなくなっている。日本を代表するデザイナーである原研哉さんは、そうした今の「家」の在り方・マーケットを再構築し、新たな「家」の常識を発信する取り組み「HOUSE VISION」の世話人を務める。そして多様な産業の交差点である「家」を軸に、閉塞感漂う日本の産業界に新しい産業のアクティビティを創出し、“日本の家を輸出”しようと、3月2日よりHondaや無印良品、LIXIL、カルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)等の企業と、日本の新しい家を創造する「HOUSE VISION 2013東京展」を開催している。経済が成熟し、高齢化が急速に進む日本で、私たちはどんな家に住めば幸せになれるのだろうか。(聞き手/ダイヤモンド・オンライン 林恭子)

「間違いのない買い物」をするために
みんな同じ家に住んでいた

――「数千万円を支払っても本当に満足できる家を購入できない」と感じている日本人は少なくない。しかも、家の寿命は約30年と欧米の半分程度。にもかかわらず、なぜ私たち日本人はこれまでそんな家に住み続けてきたのか。

はら・けんや
デザイナー、日本デザインセンター代表、武蔵野美術大学教授。 1958年生まれ。「もの」のデザインと同様に「こと」のデザインを重視して活動中。 2002年に無印良品のアドバイザリーボードのメンバーとなり、アートディレクションを開始する。長野オリンピックの開・閉会式プログラムや2005年愛知万博の公式ポスターを制作するなど日本の文化に深く根ざした仕事も多い。近年は「観光」「家」「新素材」「移動」などから、新たな産業ヴィジョンの構想に注力している。著書『デザインのデザイン』『日本のデザイン』(共に岩波書店)や『「無印良品の家」に会いに。』などがある。 3月2日から始まる、日本の新しい暮らし方を提案する「HOUSE VISION 2013東京展」では、世話人を務める。
Photo by Yoshiaki Tsutsui

 人の満足感は、自分が意図した通りのものを要求できるかどうかに左右される。しかし日本では長らく、家は住宅展示場や既に建った新築マンションなどの既製品を買うことが安全で、「普請道楽は身を滅ぼす」という感覚が行き渡ってきた。だからこれまで満足感が得られなかった。

 戦後、高度成長が長く続いたため、家は住宅という“道具”ではなく、20年後には価格が倍になる“金融商品”だった。間違いのない買い物をしないと損をする。だから、みんなブランド名の通ったマンションや安心できる工務店が手がけた物件を買い、物件をカスタマイズして個性的なものにすれば、転売時に価値が低下するため、恐る恐るみんな同じ家に住んでいた。

 だが、低成長時代に入り、家はもう投機的な価格にならず、身の丈に合った存在感になりはじめている。そこで、そろそろ家を“金融商品”としてではなく、自分の暮らしに必要な“道具”として手に入れ、自分の暮らしに合う形にしつらえる動きが起こりはじめている。

 実際、多くの日本人は海外の渡航経験も豊富で、世界の情報を手にし、自分たちの文化、暮らしを世界の水準のなかで相対的に見ることができるようになった。一方で、供給される家の形は、いまだ画一的なままである。暮らし方、すなわちコミュニティや家族のかたち、意思疎通のかたちも変化するなかで、先端テクノロジーを上手に使いこなしながら、変化する生活のかたちに、日本人は対応してきた。

 つまり、日本人は変化に次ぐ変化を経て、生活の変化に対応する対応力を備えている。したがって日本は、世界のなかでも住宅、暮らし方について未来的な領域に踏み出していける能力を潜在させている経済文化圏なのだ。だからこそ、そろそろ自分たちのライフスタイルに合わせて家をつくり始める「新しい常識」を起動させていく時期なのではないか。