多様な意見と議論によって産業遺産が新しい価値になる

 この周辺で起こっていることは、かつての工房や倉庫といった「産業遺産」を商業施設に転用するトレンドと、それらを壊して新しい建造物を建てるという2つの流れです。

 前者の産業遺産の転用としては、職人の工房がクリエイターの事務所になる、古い教会がバール(軽食喫茶店)になる、工場がファッションのショールームになる、放置されていた建物がアートレジデンスになるなどです。さまざまに古い資産が現代の需要に活用されています。もしも、エアビーアンドビーで「ミラノの普通の生活を味わった」という経験をされた方がいれば、そのほとんどはこの地域の産業遺産を転用したアパートに滞在しているはずです。

 後者の新建築の流れは「シティ・ライフ」と呼ばれる場所に表れています。以前は見本市会場として使われていた土地が、まったく新しい住居・オフィス・商業地区として再開発され、超高層ビルも立つエリアとなっています。イタリアは都市景観の保存の観点から新築の建物が建てにくいという認識を覆す動きです。以下の写真をご覧ください。

価値創造の積み重ねによって起こったミラノの意味のイノベーション

 別の視点から見ると、前者は住民によるボトムアップ的な展開も含む「都市の再編成」という性格が強く、後者は「都市の再開発」といえます。両方とも不動産開発会社が絡みますが、前者はそのウエートが軽く、ビジネス論理よりも住民の論理が優先されます。さらに、歴史地区で起こった意味のイノベーションのように、何を残して何を再生するかの判断軸が定まっていないことも多く、新しい利用法にはさまざまな意見があり、活発な議論が展開されます。それ故に、本連載のテーマである意味のイノベーションのホットスポットになるわけです。

 次回は、ミラノ北東地区で起こった「都市の再編成」を取り上げます。

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