2023年5月、東京・南青山に、富士フイルムのデザイン開発とIT開発の新拠点「FUJIFILM Creative Village」が完成した。5年の歳月と約35億円の総工費をかけたプロジェクトはどうやって実現したのか。同社デザインチームが研究開発チームと一体化してイノベーションを起こし続けてきたこれまでの経緯、背景にあるフィロソフィーを、デザインセンター長の堀切和久氏に聞いた。(聞き手/音なぎ省一郎、坂田征彦、構成/フリーライター 小林直美、撮影/まくらあさみ)
イノベーションはいつも「ニッチ」から始まる
──富士フイルムグループの多角化が進む中、堀切さんもさまざまな製品のデザインを手掛けられていますね。中でも、代表作のインスタントカメラ「チェキ」(製品名は「INSTAX」)は、1998年に発売されて以来、今も後継機が出続けて何度もブームを巻き起こしています。
初代チェキは、カードサイズのインスタント写真が気軽に撮れるのが受け、「プリクラ」好きの女子高生に大ヒットしました。それまでのインスタントカメラは大きかったしフィルム代も高かったので、「フィルムを半分のサイズにすれば、カメラも小さくなるし、安くなるよね」という発想が原点でした。
最初のプレゼンでは事業部長に「堀切くん、写真は横でしょ」の一言で秒殺されましたが、次に同じ被写体を縦と横で撮った写真を見せると「これは面白い」と一発OKが出たんです。写真が縦になると何が変わると思います? フレームに収まろうとして人がギュッとくっつく。そして表情もぐっと生き生きするんです。
──なるほど。カメラのデザインが変わると、使う人の体験までが変容するんですね。
同じカメラでも、まったくコンセプトが違うのが2011年に発売した「FUJIFILM X100」です。クラシックな外観に、滑らかな操作性と繊細な描写力、そしてマニアックな機能を詰め込んだコンパクトな単焦点カメラで、価格は15万円(笑)! 「ズームもできない、こんなに高価なデジカメを誰が買うんだ」と、社内外の評価は散々でした。だけどふたを開けてみたら私たちの計画を大きく上回る台数が売れました。記念すべきニッチ製品です。ニッチな製品にこそ、富士フイルムの面白さがあります。
医療機器では、16年に発売した軽量移動型のデジタルX線撮影装置が大ヒットしました。「動くレントゲン室」ともいうべき製品で、開発のきっかけは、デザイナーによる北米の救急医療現場の観察でした。向こうではチーム医療が徹底しているので、1人の患者を大勢の医師や看護師が取り囲む。すると、大きなレントゲン装置は患者に近づけません。そこで、フィルムで培った「高感度化」の技術を生かして小型化に取り組んだのです。感度を上げれば低解像度でも診断でき、バッテリーを小さくできる。おまけにX線の被ばく量も減らせます。これも最初は「低解像度のレントゲンなんて使えない」と酷評されましたが、患者の移動が制限されたコロナ禍で需要が爆発しました。
──形や機能のデザインだけじゃなく、デザイナーの視点が新しい価値を生み出したんですね。
僕たちは常に、新しいジャンルや新しいカルチャーをつくろうという気概でデザインしています。新しいことは誰もやっていませんから、当然ニッチです。ニッチなままで終わるものもありますが、そこからデファクトスタンダードが生まれる可能性も大いにあるんです。