“いびつな構造”になっていた印刷業界

そもそも松本氏が最初に「印刷業界」に目をつけたのは、2008年に新卒で入社したコンサルティング企業、A.T. カーニー時代の経験が大きく影響している。

リーマンショックの影響で企業がコスト削減に必死な時代へと突入し、松本氏自身もさまざまな顧客のコスト削減プロジェクトに従事した。その際にあらゆる“間接費”の中でもっとも削減率が高い費用項目が印刷費用だったという。

なぜこんなにも印刷業界は非効率なのか。詳しく調べてみると、業界が抱える構造的な課題に気がついた。

「全体で6兆円規模の大きな市場であるにも関わらず大手2社がその半分を占めており、そのほかに約3万社の印刷会社が存在しているような状態でした。しかも大手2社を中心に下請け、孫請け、ひ孫請けという構造になっていて、(大手2社の)売上の7〜8割は下請けの製造から来ている。非効率な流通・業界構造であり、事業者の負も大きいと感じました。この構造を変えることで、印刷産業の在り方そのものを変えられるんじゃないか。そのような考えから印刷業界を選びました」(松本氏)

当時松本氏がぼんやりとイメージしていたのが“印刷業界のミスミ”だ。

ミスミは多様な金属部品メーカーのネットワークを作り、それを紙のカタログに集約してクライアントに販売するビジネスで年商3100億円超(2021年度3月)の実績を誇る企業だ。インターネットを活用することで、同社のビジネスモデルを印刷業界に持ち込めないかと考えた。

事業ステージによって変わる「解像度」の捉え方

そのような経験を経て、松本氏は2009年9月に「印刷の新しい発注の仕組みづくり」を目的としたTectonics(2010年1月にラクスルに社名変更)を立ち上げる。

創業時の松本氏
 

取り組むべき業界を決めた後、どのように解決するべき課題や事業案を詰めていったのか。

キーワードになるのが「解像度」だ。ラクスルでは現在も行動指針の1つに「高解像度」を掲げるほど、事業を進める上で対象の領域や顧客に対する解像度を高めることを重要視している。

ここで興味深いのが事業のステージによって解像度への考え方が異なる点だ。特に事業を始める前の“戦う場所を決める段階”においては「むしろ業界に対する解像度を高めすぎない方がいい」と松本氏はいう。

「やる前から必要以上に調べすぎてしまうと、変革が難しい理由ばかりいくつも浮かんできたり、ビジネスモデルが固定されたりして、結果的に間違った判断をしてしまう原因にもなります。課題の解決よりも他社との競争に意識が行きすぎた結果、(そもそも業界への理解がズレていて)競争そのものがナンセンスだったということも珍しくありません」