「みっともないこと」を反省し
強い組織に磨き上げる
「失敗の教科書」ともいえる昭和17(1942)年のミッドウェー海戦。ノンフィクション作家・森史朗氏の労作『ミッドウェー海戦』の中で、参謀の一人が「本日敵出撃ノ算ナシ」(きょう敵は攻撃してこない)ということを、まさに攻撃を受ける当日に参加艦艇宛てで発信したことを解明している。
誤判断の問題は森氏の著作に譲りたい。問題はこの「本日敵出撃ノ算ナシ」発信を、参謀は戦闘詳報(報告書)に記載しなかったことである。
これでは、反省のしようがない。なぜ戦闘詳報に記述しなかったのか、という森氏の問いに参謀は、「そんなみっともないこと、書けますかいな!」と答えている。森氏は「要するに旧海軍の名誉を守るために不都合な事実をすべて隠蔽(いんぺい)した」と記述している。
一体、これらの原因はどこにあるのか?
元海軍次官の沢本頼雄大将は、手記の中で「自分の職域、自分の立場に重きを置いた」「海軍を犠牲にして国家に尽くすことは、とても難しかった」と述べている。
職域を近視眼的に優先した結果、不都合なことは報告せず、組織そのものが危機に瀕したわけである。
近年、日本大学での薬物問題で、第三者委員会が発表した報告書(全文版)を読んで驚いたのは、「場当たり的で、責任回避、自己正当化に終始した近視眼的対応」「不都合な情報には目をつぶり、得られた情報を自分に都合よく解釈し、自己を正当化する」といった記述とともに、「A学長は当委員会によるヒアリング調査において、重要な報告について、『ほとんど記憶していない』との供述に終始した」という一節である。
日大問題や東芝問題などでも起きたことだが、どんな小さな組織であれ、「長」を任された人間には「失敗を明らかにする」という責任がある。なぜなら、リーダーは組織の「今」を守ることはもちろん、組織の「未来」をも守る責任があるからである。
失敗の原因を突き止めれば、無駄な失敗(同じ失敗)のない、強い組織に磨き上げることができるはずである。有能で頭の良い人ほど、失敗を公にすることは「みっともない」と感じるのかもしれない。しかし。
「みっともないこと」を報告し、
「みっともないこと」を皆で議論し、
「みっともないこと」を反省し、
二度と起こさないようにする。
組織最大の敵、「沈黙」。これを破ることこそが、失敗を生かすことにつながるのではなかろうか。