洛を旅する「らくたび」と歩いて巡る京の桜。前回ご紹介したソメイヨシノ(染井吉野)はこれから盛りを迎えますが、これに続くベニシダレザクラ(紅枝垂桜)、遅咲きの桜、珍しい桜について、平安時代を中心に歴史のお話を盛り込みながらご案内いたします。(らくたび、ダイヤモンド・ライフ編集部)
文豪の作品にも登場した国の名勝庭園へ
寒の戻りで少し遅れ、京都の桜の開花は3月29日に。京都御苑にある近衛邸のイトザクラ(糸桜、コノエザクラ〈近衛桜〉とも)は一斉に花開き、いよいよソメイヨシノ(染井吉野)の見頃も近づいてきました。今回は、京都でも多くを占めるソメイヨシノの後から見頃を迎えるシダレザクラの中でも、花びらのピンク色が濃いベニシダレザクラ(紅枝垂桜)からご紹介しましょう。
京都を代表するベニシダレザクラを愛(め)でるなら、地下鉄東西線「東山」駅から北へ徒歩10分ほどの平安神宮へ。平安京の正庁である朝堂院の様式を8分の5のサイズに縮尺して再現した朱塗りの社殿と、白い玉砂利の鮮やかな対比が王朝の雅を今に伝えています。
お花見を楽しみに外国からのインバウンド客も大挙して押し寄せてきますので、朝一番、できれば8時くらいに参りましょう。
応天門をくぐると、正面の拝殿(大極殿)に向かって右側に「左近の桜」、左側に「右近の橘」が凛と立っています。平安時代の儀式の際、大極殿の南の階段下、東側に植えられた桜の前に警備を務める官人たちが並んだことから、この名で呼ばれるようになったといいます。
この桜は、楚々とした白い花の開花と同時に赤みを帯びた若葉が芽吹く、アカメヤマザクラ(赤芽山桜)。ベニシダレザクラよりも早咲きなので同じタイミングで見ることはかなわないかもしれませんが、現在の京都御所の紫宸殿(ししんでん)前に立つ「左近の桜」の子にあたり、心に留めておきたい名木です。
次に、拝殿から翼を広げたように延びる回廊の西側に目を向けてみてください。緑青の甍(いらか)の上にあふれんばかりのヤエベニシダレザクラ(八重紅枝垂桜)の花を垣間見ることができます!これだけでも十分に見応えありますが、ぜひ8時半の開門を待って、川端康成『古都』や谷崎潤一郎『細雪』につづられた神苑内部も巡ってみましょう。
明治時代の作庭家・7代目小川治兵衛が造り上げた神苑は、総面積約3万300平方メートル。琵琶湖疏水の水を引き入れた池泉回遊式庭園で、南神苑、西神苑、中神苑、東神苑の4つの庭が社殿を囲んでいます。
神苑の入り口をくぐった瞬間、咲き誇る紅色の桜花が視界いっぱいに広がり、この世のものとは思えぬ美しさに思わずため息がこぼれてしまいます。このヤエベニシダレザクラは、かつて津軽藩主が近衛家から贈られた苗木を地元に持ち帰って育て、1895(明治28)年の平安神宮創建の際に、その苗木を当時の仙台市長が平安神宮に贈ったことから、再び京都に戻ってきた「里帰り桜」とも呼ばれています。苑内に植えられた約150本のヤエベニシダレザクラは、すべてこの「里帰り桜」の接ぎ木で育ったものです。
栖鳳(せいほう)池の畔をヤエベニシダレザクラが染め上げる東神苑も圧巻。桜越しに池に架かる泰平閣(橋殿)を望むのも趣がありますが、橋の上で立ち止まって見渡せば、池の水面に桜が映り、風のない日には水鏡のような光景に出合えます。
今から35年ほど前に「紅しだれコンサート」として始まった「桜音夜(さくらおとよ)」にもご注目。南神苑と東神苑の桜ライトアップと同時に音楽ライブを楽しめるイベントです。客席を設けず、苑内を歩きながら夜空に響き渡る音色を楽しむスタイルですが、1部と2部は入れ替え制になるのでチケットを入手するのが遅くなっても心配無用。幻想的なひとときを過ごすことができます。4月7日まで連夜開催されています。
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