殴り合うカンガルー写真はイメージです Photo:PIXTA

中国の国防費は、公表分だけでも1992年からの30年間で約39倍に増え、2022年には日本円換算で24兆円に達している(防衛白書より)。中国海軍が外洋展開能力を急速に向上させるなか、日本はオーストラリアを安全保障上のパートナーとみなし、2007年に日豪安保協力共同宣言を妥結。いまでは「準同盟」とも言える協力関係にある。だが、オーストラリアでは、中国との経済的なつながりを重視する声も無視できない。そうした難しい環境で、2020年11月から23年5月まで駐オーストラリア大使を務めた筆者が、外交活動を振り返った。※本稿は、山上信吾『中国「戦狼外交」と闘う』(文藝春秋)の一部を抜粋・編集したものです。

オーストラリア世論に反して
中国にすりよる労働党政権の思惑

 安全保障面での日豪の協力が進み、中国の軍事的対応に伴う地域の安全保障環境の悪化に対する豪州側の意識も高まってきた一方、「中国と協力すべき分野では協力すべき」という議論も豪州内で力を増してきつつあった。

 その一因として、労働党政権の発足(編集部注/2022年5月の総選挙で9年ぶりの政権交代が起きた)に伴って、中国側が豪州との関係をリセットしようとしたことがある。だが、それだけではない。前政権の基本的外交政策の踏襲を明言し、「原則に関わる問題では妥協しない」とまで振りかぶったアルバニージー政権ではあったが、対中関係悪化の要因がモリソン前首相等の声高な対中批判からなる「メガホン外交」であるとして、それとの違いを際立たせようという意識もあったように受け止めている。

 野党保守連合から長年にわたって外交・安全保障に弱いと痛烈に批判されてきた労働党。であるだけに、「労働党政権になって対中関係が改善した」という実績を作り出し、政治的得点にしたいとの思惑も濃厚に感じられつつあった。

 もともと、基本的な対中政策自体については、労働党政権として「泳げる」余地は大きくはない。そもそも数年前とは異なり、豪州の対中世論が硬化してきたことは間違いない。

 それは、豪州で最も有名なシンクタンクの1つ、ローウィー研究所の世論調査に明確に表れている。「アジアにおけるベストフレンド」として中国を挙げる回答者は、2016年には「中国」が「日本」を上回ってトップとなった。しかし一番最近の調査では、40%を超える回答者が日本と答え、中国と答える人々は1けた台にまで低下。かつて中国は経済的なパートナーとして見られてきたのが、今や安全保障上の脅威と見られている。

 また、米国との関係を考えても、対中政策の基本軸を動かせるような状況にはない。すなわち、今や中国について、ロシアを上回る最大の戦略的課題と位置づけ、本腰を入れて正面から取り組みつつあるのが米国バイデン政権だ。この米国との関係こそ、豪州外交にとって最重要の関係だからだ。