中国のルール違反を棚上げして
宥和を進める「媚中派」知識人の工作

 ところが、豪州国内の一部から、中国との協力分野を模索する動きが出てきたのである。具体的には、中国による「環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)」加入申請を受けて、話し合いを開始すべきとの見解である。

 労働党政権の誕生後、私が豪州国際問題研究所(AIIA)主催のセミナーに出席した際にも、豪州国立大学、シドニー工科大学にあって「媚中派」と見られている学者がこうした議論をかついでいた。

 冷静に考えれば、おかしな話である。

 中国による経済的威圧、具体的には、石炭、大麦、ワイン等の豪州産品に対する輸入制限措置がWTOルールの基本に反していることは、衆目が一致するところだ。実際、日本へのレア・アースの輸出規制措置については、日本は米国、EUと協力してWTOに提訴し、2014年にWTO違反の判断が下された。その結果、翌2015年には中国が措置を撤廃した前例もある。

 このようなWTOルール違反の措置が大麦を始め漸く解除され始めたとはいえ、まだ完全には撤廃されていない状況にあって、WTOルールより遥かに規律が厳しいCPTPPへの加入に向けた話し合いを始める環境にはないはずである。

 換言すれば、敷居の低いWTOルールさえ守ることができない国が、どうして難易度が高いルールを守れるのだろうか、という常識的な問いかけでもある。答えが明らかであるにもかかわらず、中国の市場規模に目を奪われ、相手にすり寄るかの如き対応を取ろうとしている勢力が厳然として存在するのが豪州でもある。

インド太平洋地域の安定に
日本とオーストラリアは汗をかけ

 そこで、いささか中国の立場寄りに流れがちなマスコミ言論空間での議論に水を差すべくオーストラリアン紙に寄稿することとした。幸い、日頃から主要マスコミとは人的関係を構築していたこともあり、寄稿の申し出はただちに受け入れられ、早速掲載された(9月16日付。見出しは「貿易協定はルールに従う国だけのためにあるべき」)。

 その際、中国のWTO加盟に当たっての経験に言及し、新興国を枠組みに入れることによって、その枠組み自体の一体性を損なわないようにしなければならないとの教訓にもふれ、ノー天気な楽観論に警鐘を鳴らした。

 こうした寄稿について、今の日本の外交当局にあっては、積極的に対応する人間が残念ながら少ない。より大きな絵柄を見れば、これは日本だけの問題ではなく、主要国の外交当局に共通した問題、内向き志向と言えるかもしれない。日本だけでなく、米国、英国、豪州などの先進民主主義諸国の外交当局者の多くの間に染みついている知的怠惰と危険回避性向の象徴と言えるかもしれない。