だが、世はパブリック・ディプロマシー(編集部注/任国の政府相手だけではなく世論にも働きかける外交活動)の時代である。外交当局同士で水面下のディールをして外交が完結する時代は、とうの昔に終わった。

 ウクライナ政府の効果的な対外発信にうかがえるとおり、今や如何に世論に働きかけ、理解と支持を得ていくかが年々重要になっている筈だ。これは政治家への賄賂などを通じた不当な干渉とは全く異なる、外交の正攻法でもあるのだ。

 中国のCPTPP加入問題については、日豪両政府間では緊密な意思疎通が図られている。しかしながら、在野のシンクタンク、大学関係者の議論が、中国とのビジネス機会に執心している経済界関係者の声とあいまって、豪州政府のスタンスに今後どのような影響をもたらすか、目は離せない。だからこそ、こうした問題についても、日本からの継続的な発信、そして日豪の不断の対話が重要なのである。

 殊にCPTPPについては、トランプ政権下で肝腎の米国がTPPを脱退した後、一部には瓦解を心配する声もあった中で日本と豪州が先頭に立って引っ張り、発効、さらには英国の加入に向けた交渉へと着実に歩を進めてきた経緯がある。

 そうであるだけに、新たな加盟申請国への対応に当たって、足並みが乱れるようなことは極力避けなければならない。TPPが単なる貿易・投資の枠組みにとどまらずにインド太平洋地域における戦略的な意義も有しているだけに尚更である。

二国間の駆け引きに振り回されず
国際ルールにのっとった対応を

 その後の嬉しい事態の展開に触れておこう。

書影『中国「戦狼外交」と闘う』(文藝春秋)『中国「戦狼外交」と闘う』(文藝春秋)
山上信吾 著

 2023年2月になって、豪州戦略政策研究所(ASPI)の所長に就任していた旧知のジャスティン・バッシ(ペイン前外務貿易大臣の首席補佐官)が、私の意見と軌を一にする主張をオーストラリアン紙への寄稿(2月4日付。見出しは「豪州は北京との貿易紛争に毅然と対応しなければならない」)で明らかにしてくれたのだ。

 中国が貿易制限措置を撤廃する気配を漂わせている中で、豪州政府がWTO提訴を取り下げることを戒めたものだった。その際、前述した中国によるレアアース禁輸措置に際しての日本の経験を持ちだし、WTOルールに照らして判断を求めることが将来の中国による威圧を予防することを強く訴えた卓見だった。

 実はバッシ所長のこの議論は、日本大使館を訪れた彼と私が議論したことが契機となっている。当の本人が私の寄稿に元気をもらったとまで述懐してくれたことは、まさに我が意を得たりだった。

 日本が自ら臆せずに主張すれば、呼応する援軍が出てくる、そのことを思い知った次第である。