世界で初めてのウェルビーイング学部の誕生
前野学部長は東京工業大学を卒業後、ロボット工学を専攻し、人間がロボットをどう感じるかという感性工学を研究テーマとしていた。そして、工学と心理学をクロスオーバーさせるなかで、2008年頃から研究対象を「ロボット」から「職場」に移し、「職場で、人がどう幸せに働くことができるのか?」という研究に展開していった。今回、そこからさらに一歩進め、「ウェルビーイングを担う人材育成」に取り組むことになったという。
前野 ウェルビーイングの研究を続けるうち、ウェルビーイングを教育に取り入れたい、ウェルビーイングを担う人材育成に関わりたいという気持ちが次第に強くなりました。3年ほど前に、武蔵野大学の西本学長とお会いする機会があり、「ウェルビーイングを専門とする学部をつくりたい」と申し上げたら、西本先生も同様の考えでいらっしゃった。「同じことを思っているじゃないですか!」ということで、「一緒にやりましょう!」となったのです。
学校法人武蔵野大学は浄土真宗の教えをもとに、ちょうど100年前に設立された学校です。仏教の根本精神である四弘誓願(しぐぜいがん)を建学の精神とし、「世界の幸せをカタチにする。」をブランドステートメントに掲げています。まさに、「幸せ」を中心に置いている大学であり、世界で初めてウェルビーイング学部が生まれたのは必然だと思います。
新しい学部での学びには四つの柱があります。
一つめの柱は、建学の精神です。仏教精神に基づいて、すべての人の幸せを願う。願っても願ってもなかなか実現できないけれど、願い続ける姿勢をあきらめてはなりません。
二つめの柱は、科学としてのウェルビーイングです。さまざまなデータに基づき、科学の知見をもとに「幸せ」にアプローチします。
三つめの柱は、感じることです。ウェルビーイングを学ぶ人材は、まず、本人がウェルビーイングな状態でないといけません。知識だけでなく、ウェルビーイングを感じる能力を高め、人間性を磨きます。
四つめの柱はイノベーションです。自分がウェルビーイングになるだけではなく、社会のさまざまな課題を解決し、ウェルビーイングな世界をつくるために貢献できる人材を、我々は「ウェルビーイングデザイナー」と呼んでいます。ウェルビーイングデザイナーは、自らのウェルビーイングをデザインするとともに、周りに困ってる人がいたらその人を助けることを通してウェルビーイングな社会をデザインする人です。
1期生のコメントや教員紹介とともに、 4年間で何を学べるかがわかる
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この春、同学部には90名の学生が入学した。どのようなタイプが多いのか、また、どのようなカリキュラムで学びを進めているのか。
前野 ウェルビーイングは、もともと、分野横断型の学問です。世界を変えてやろうという熱い志を抱くタイプの学生もいれば、福祉や心理の領域に広く関わりたいというタイプの学生まで、いろいろな学生がいます。教員である私は、「たくさん教えるぞ!」と意気込んでいたのですが……驚いたのは、「日本を少しでも良くしたいです」と真面目に語るピュアな学生が多く、吸収力も素晴らしいことです。むしろ、私のほうが日々教えられています。
カリキュラムとして、たとえば、キャンパスの近くに畑を借り、ナスやオクラなどを育てています。最初、学生たちは「虫がいる!」と怖がっていましたが、植物を育てることを通じて五感で自然を感じるようになっています。入門ゼミでは20人ずつに分かれて、対話を徹底的に行っています。他者の話に耳を傾け、自分の考えをきちんと伝えるやり取りを続けると、コミュニケーション力が目に見えて変わってきています。もちろん、ウェルビーイングの全体像について伝える授業や、西本学長による建学の精神についての講義もあります。
1学期の初めと終わりに、私がつくった「幸福度診断Well-Being Circle(*2)」という幸福度測定ツールで測ってみたら、学生たちの幸福度ポイントが着実に上がっていました。これを4年間続けるとどこまでいくのか、いまから楽しみです。すごいことが起こりつつあります。本気で社会を変える教育を行いたいと、私は思っています。
*2 幸福度診断Well-Being Circleの詳細はこちら
3年後に、ウェルビーイング学部の卒業生たちはどのようなところで、どう活躍することになるのか――前野学部長の見通しは極めてポジティブだ。
前野 日本でも先進的な企業では、HR部門にウェルビーイング担当を置くようになっており、そうしたポジションにふさわしい人材を育てて送り出したいと思っています。また、企業にとって、ウェルビーイングは経営やビジネスそのものの新たなコンセプトとして重要です。ウェルビーイングな製品やサービスを生み出すためには、マーケティング、商品開発、営業、CRMなど、あらゆる部門にウェルビーイングの視点を取り入れるべきです。自治体や教育機関、医療福祉関係などでも同じです。ウェルビーイングデザイナーが活躍できる場は無限大だと考えています。そもそも、人間の営みは「幸せ」のためにあり、すべての仕事がウェルビーイングに通じます。多くの人はそのことにまだ気づいていないかもしれませんが、日本中の大学にウェルビーイング学部をつくる必要があるほどです。