改善・改良は
イノベーションと呼べるのか

 なお、イノベーションを語る時に忘れてならないのは、価値システム全体の中で「イノベーションがどこで起きるか/どこで起こすか」という点です。なぜなら、その領域の設定次第で自社商品への影響度合いが大きく変わるからです。

 産業とは基本的に、システム(相互に関係する要素や活動の集合体)と見なせるでしょう。製造業を例に取れば、大ざっぱに言うと、素材、部材・部品、半製品、完成品、そしてサービスといった縦方向で相互に関係するレイヤー構造を持ちつつ、そのレイヤー内、つまり横方向でも種々の製品同士が相互に関係するシステムを形成しています。相互に関係する素材で部材や部品が形成される→相互に関係する部材や部品で半製品ができる→半製品を相互に関係させて完成品とする、といったイメージです。それらが縦に階層性(ヒエラルキー)を持つのですから、全体システムには必ず上位レイヤー(アッパーシステム)と下位レイヤー(サブシステム)があります。つまり製造業では、どのレイヤーの生産をしているのかによってビジネスの立ち位置が異なります。各レイヤーの製品やサービスが組み合わさることで、商品として一つの価値システムを形成しているといえるでしょう。

 ちなみに、縦のレイヤー構造の中で、特にピラミッド型のものを「ティア構造」と呼びます。通常、自動車や航空機、あるいは巨大スパコンや大型建築物など、最上位から下位に向かって仕切られる産業は、このティア構造が基本です。

 このような階層性のある構造を前提とすると、「どのレイヤーでイノベーションを仕掛けるか」の検討が極めて重要です。また、「どのレイヤーでイノベーションが仕掛けられているか」を知る、あるいは「仕掛けられうるか」を想像する必要もあります。

 自社商品の下位レイヤーでイノベーションが起こった場合、私はそれをサブベーションまたはミクロベーションと呼んでいます。これは、その上位レイヤーにいる自社の商品価値を高めることにつながるので歓迎すべきといえます。

 他方、自社商品の上位レイヤーでイノベーションが起こった場合はどうでしょうか。私はそれをメタベーションあるいはマクロベーションと呼んでいます。このメタベーションによって上位レイヤーのモデルが刷新され、それが普及・定着すると、多くの場合、下位レイヤーを構成する製品の多くは消滅リスクが高まります。わかりやすい例として、音楽メディアを考えてみましょう。レコードとレコードプレーヤーを前提にしたアナログの音楽システムから、CDとCDプレーヤーを前提にしたデジタル音楽システムへの転換が仕掛けられました。するとレコードプレーヤーの下位レイヤーで必須部品だったレコード針は、あっという間に激減してしまいました。

 このように、上位レイヤーのイノベーションは下位レイヤーを壊滅させる力を持つことがあります。ゆえに、自分たちがいるレイヤーから見て上位レイヤーでのイノベーション、つまりメタベーションの可能性を想定し、その時に起こるリスクに適応する準備を怠ってはいけない。むしろ上位レイヤーの新モデル開発に関与する、あるいは素早く便乗関連商品を開発するなど、柔軟に対応しなければなりません。つまり、自社のいるレイヤーが存続し続けることを前提に考え、そのレイヤー内の商品の改善・改良だけに拘泥することは非常に危険なことなのです。

 このように産業構造をシステムととらえ、そのレイヤー構造を理解したうえで、シェアドビジネスを考える。全体システムの中で自社の関わるレイヤーで主導権を握りたければ、N×1×Nの構造を試みる。こうしたオープン・アンド・クローズ戦略の本質を理解し、実践的な勝ち筋をみずからデザインして、それを実践すること。価値システム全体を俯瞰したイノベーション戦略が求められています。

 ちなみに日本の総合家電メーカーは、部材・部品、半製品、完成品、サービスのいずれのレイヤーでも勝とうとして墓穴を掘りました。デジタル時代にもかかわらず、垂直統合・すり合わせ、自前主義・抱え込み主義の発想から卒業できなかったからです。

 なお、『イノベーションのジレンマ』の著者であるクレイトン・クリステンセンは、私が述べたようなシステムとレイヤー構造の見方に基づくイノベーションの種類や、上位レイヤーと下位レイヤーにおけるイノベーションのチャンスとリスクなどについて、詳しく弁別していません。だから、既存の製品やサービスに対して時間の経過とともに徐々に性能を上げていく「漸進的イノベーション」もありだと思わせてしまう。それをイノベーションと呼ぶのは適切なのか、私は疑問です。

 少し乱暴ですが、漸進的イノベーションといえる改善・改良をいくら続けても「馬が鉄道にはならない」ということですね。

 その通りです。どんなに馬を鍛えても品種改良を重ねても、自動車になるわけではない。馬の改善・改良では、破壊的イノベーションには太刀打ちができないのです。自分自身では優れた漸進的イノベーション(実際はインプルーブメントによる既存モデルの磨き上げ)を成し遂げたと思ったところで、その上位レイヤーで破壊的なメタベーションが起きてしまえば、自社商品が瞬く間に消滅してしまうこともある。だからこそN×1×Nの構造の1を取りにいくのか、Nの中で頑張るのか、その判断が欠かせません。それがビジネスモデルを考えることなのです。

 さらに言えば、ビジネスモデルを支える「知財・標準マネジメント」を駆使することも必要です。これにより徹底的に参入障壁を築いて1の部分を握り、他社の参入を抑制する。他方で、知財・標準を駆使した参入誘因によってN社の参入促進を促す。このようなオープン・アンド・クローズ戦略を、上辺だけでなく理解・体得してほしいものです。