「見せ球」ばかりの
サステナビリティ施策

  イノベーションと似た話に「サステナビリティ」があります。これも定義がまちまちで、たとえば日本とEUでは大きく異なります。資源循環志向の経営への転換、ビジネスモデルやバリューチェーンの見直しにおいて、サステナビリティは中核に据えるべきコンセプトですが、かつてのCSR、もしくは現在のSDGsやESGの延長線上で語られがちで、資本市場向けの対応がもっぱらです。しかもそれらの解釈や理解は、「ゴーイング・コンサーン」(継続企業の前提)とほぼ同義です。こうした現状はイノベーションと同じく「言うは易し」になるばかりか、おざなりな取り組みが増えて「組織の本気」が生まれてこない可能性すら否定できません。

 2年ほど前から株主総会で資源循環経済に言及するところも増えてきましたが、そのほとんどは企業が事業継続していくための前提としてのサステナビリティという文脈で語っています。しかし本来ならば、サステナビリティには大きく3段階があると私は考えています。

①人類の持続可能性
②経済社会の持続可能性
③企業の持続可能性

 この3段階をわかりやすく言えば、まず「人類存続のためにはその大前提となる地球環境はこうあるべき、豊かな社会と生活の維持継続のためには資源制約にこう対応すべき」から始まり、その次に「それに貢献するためには経済の仕組みや産業のモデルはこうあるべき」となり、「それに関して当社はこのように貢献するので、その対価を期待できる。だから当社はサステナブルである」といったロジックのステップを踏むべきです。

 ところが、ほとんどの企業は①と②のあるべき姿を語ることなしに、一足飛びに③の自社のことばかりを語ってしまう。しかもそのほとんどは本質的解決に至らない「見せ球」ばかりで、ひどい場合は自社の事業や取り組みにSDGsのラベルを貼っているだけのところもあります。ですが近い将来、それでは「ウォッシング」(なんちゃって)と非難され、ごまかすことができなくなるでしょう。未来社会の株主といえる若者世代がそれを許さないからです。

 ちなみに私は、若者世代の価値観は大きく分けると2つあると見ています。一つは、「我々を加害者にするな」というものです。いまの10~20代前半の若者たちは、学校教育の中でSDGs教育を受けている、言わばSDGs世代です。地球環境問題や人権問題などの社会問題に強い関心を寄せており、今後のエシカル消費の中心を担っていく世代です。世界と比べてフェアトレード商品の普及が遅れているといわれる日本でも、10代のフェアトレード認知度は約8割と他世代と比べて群を抜いています。またファッションにおいても、10~20代の若者の間で古着ブームが到来しています。これは日本に限った話ではなく、世界でも古着市場が急成長しており、その成長スピードはファッション市場全体の3倍の速さに当たるそうです。もちろんそれを支えているのは若者であり、彼らを主役としたエシカル消費の潮流は大きなうねりとなっています。SDGs世代のエシカルマインドに応えるための製品やサービスの開発が、企業にとって重要戦略の一つになっているのです。

 もう一つの若者世代の価値観は、「我々を被害者にするな」というものです。なぜあなたたちの世代が私たちの世代に負債を押し付けるのかという怒りに基づいています。10代の環境活動家として一躍注目を集めたグレタ・トゥーンベリさんの主張はまさにこれに当たります。彼女の過激な発言や行動に嫌悪感を示す方もいるかもしれませんが、経営者や政治家は、グレタさんの批判に対するきちんとした答えと施策を用意すべきだと私は考えます。それができない経営者は、COOならばともかく、少なくともCEOの肩書きをつけるべきではないでしょう。いずれにせよ、環境汚染と資源枯渇という深刻な2大問題を招いてしまった責任が、我々までの世代にはあるはずです。

 多くの企業が掲げるサステナビリティ施策は本質的解決に至らない「見せ球」ばかりだとのご指摘ですが、具体的にはどのような点を問題視されていますか。

 たとえば、その一つが廃プラスチック(廃プラ)問題です。たしかに近年、過剰包装の廃止やパッケージ素材の減量などの「リデュース」が進んでいますが、それは「トリあえず、トリいそぎ、トリつくろう」といった3トリ型の当面の対応(ブリコラージュ的対応)としてはよいかもしれませんが、それだけでは廃プラ問題をはじめとする資源枯渇問題の本質的解決には至りません。私たちが使用するさまざまな商品に使われているプラスチックは、加工のしやすさや耐久性などの観点から複数の素材(マルチマテリアル)で合成された「コンパウンドプラスチック」がほとんどです。そのおかげでいろいろな便利さが生まれていることは否定しません。しかしながら、たとえば食品包装の多層フィルムは、異なる種類のプラスチックが一緒に使われていて分解が難しい。リサイクルプロセスで適切に分別・処理することが困難なため、素材として再利用することができずに廃棄されています。そして、そのほとんどが焼却されるか、河川や海洋に流れ出てしまう。マイクロプラスチックやナノプラスチックとして、水質汚染を加速させているのです。

 ちなみに日本国内の廃プラは年間で800万トン以上(2022年度)に上ります。それに対するリサイクル有効利用率は87%とされますが、その半分以上の62%がサーマルリサイクル(注1)、すなわち実質焼却しているにすぎない。マテリアルリサイクル(注2)は22%、ケミカルリサイクル(注3)は3%と、実際に素材としてリサイクル(再生)されている、つまり資源循環されているのは、わずか25%にすぎません。

 これは素材リサイクルが難しいコンパウンドプラスチックに由来する悩ましい問題です。しかし、こうした現実にふたをして、「私たちはサーキュラーなモノづくりを実践している企業です」と上辺だけを取り繕っている企業がいかに多いことか。そうした企業に「自社が使っているコンパウンドプラスチックの回収・分別・処理をどうするのか」と聞いても、きちんと答えられる経営者や担当者はほとんどいないのが実情です。これでは近い将来、株主や消費者、さらに投資家や金融機関からもウォッシングと言われかねません。何度も申し上げますが、当面の取り繕いである「見せ球」や「誘い球」だけではなく、いまからしっかりとした「決め球」を準備すべきです。サステナビリティ経営を掲げるならば、企業の本気をぜひ示してほしい。

注1)廃プラを焼却する時に発生する「熱エネルギー」を回収したリサイクル方法。そのまま焼却、あるいは固形燃料に加工して焼却し、エネルギー源として活用する。この焼却処分をリサイクルと呼ぶのは、日本独特である。世界では「サーマルリカバリー」と呼ぶ。
注2)廃プラスチックを種類ごとに選別し、不純物を除去して粉砕・洗浄。粉砕した状態(フレーク)、あるいはそれをさらに粒状に成型した状態(ペレット)で、再度製品に使用する。
注3)廃プラスチックを化学処理で分解、再利用する方法。プラスチックそのままではなく、化学原料の状態に戻し、主に原料として利用する。