価値システム全体を俯瞰した
ビジネスモデル

 レイヤー構造を前提にしたイノベーションの成功事例をご紹介いただけませんか。

 インタビューの前編でもご紹介したフィリップスの事例がよいでしょう。LEDランプが市場に出回り始めた2010年頃、日本ではその技術標準を日本が確立すべきという意見が多く聞かれましたが、私はその議論に驚愕しました。というのも、白熱電球(もしくは蛍光灯)とLEDランプの最大の違いがどこにあるのか、その本質を理解している人がほとんどいなかったからです。私が座長を拝命していた政府の国際標準化タスクフォースにおいても、です。

 LEDの最大の価値は、1個単位で「調光」が可能なことにあります。ゆえにトマトやレタスなどの完全閉鎖系の植物工場でLEDが使われているし、東京スカイツリーが時々刻々で適切なライトアップを誇っているのもLEDあってこそ、です。にもかかわらず、開発者も関係者も「省エネと長時間化」がLEDの強みであると勘違いの主張をしていた。もちろんそれらもLEDの特長ではありますが、提供価値の核心ではありません。

 では、調光の基本技術はどこにあるか。それはランプそのものではなく、「制御装置」にあります。そこで登場するのがフィリップスです。同社は制御装置の主要特許を軒並み保有している。そしてインターフェースの標準化を押さえました。そのうえでフィリップスは、LEDの製造販売事業を「照明サービス事業」へと転換しました。ビルや街の照明サービスを一手に引き受けるサービスビジネス(LaaS:Lighting as a Service)で稼ぐ一方で、知財権を駆使したライセンスビジネスでも収益を上げています。これも、N×1×Nの構造の1の部分を押さえ、かつビジネスの上位レイヤーに移行したビジネスモデルの勝利だといえます。つまり照明という価値システム全体を見渡し、その要所をしっかり基幹としてとらえて、技術開発と知財・標準マネジメントをビジネスに直結させたのです。これはまさに、モノづくりからコトづくりへ、あるいは製造業のサービス転換の典型例だと思います。

 これに対して日本は、自分たちが持っている技術のみで発想した結果、官庁も業界も価値システム全体を俯瞰的に理解できず、その要所を押さえることもできなかった。残念ながら、このお粗末さが日本の技術力・ビジネス力の正体です。この弱点を克服しなければ、真のイノベーションを成し遂げることはできません。

 前編でお話をされた「ブルーオーシャン」においても、このオープン・アンド・クローズ戦略が活きるということでしょうか。

 その観点から言えば、次のように戦い方を整理できます。

①レッドオーシャンという過当競争の中で頑張り続ける(ただし消耗戦を覚悟する)。
②レッドオーシャンの一部を、ブルーオーシャンに塗り替える(あるレイヤー内の既存製品を刷新するミニベーションを仕掛ける)。
③レッドオーシャン内にわずかに残ったブルー領域を見つける(その多くはメンテナンスやリペアといったサービスビジネスが典型となる)。
④ブルーオーシャンへと一気に漕ぎ出す(資源循環経済向けビジネスを仕掛ける)。

 これらを比較すればおわかりいただけると思いますが、①や②のような戦い方では、レッドオーシャンの中で戦うプレーヤーの地位に甘んずるしかありません。③や④のような戦い方ができれば、価値システム全体の主導権を握るリーダーになれるはずです。