NTTドコモPhoto:SANKEI

楽天グループとNTTドコモは、巨大なポイント経済圏を築き上げた。だが、実は今から9年前、楽天とドコモの間でポイント事業での提携構想があった。『ポイント経済圏20年戦争』から一部抜粋し、今やモバイル事業で”仇敵”となった楽天とドコモの幻の提携の舞台裏を明かす。(ダイヤモンド編集部)

※この記事は『ポイント経済圏20年戦争』(名古屋和希・ダイヤモンド社)から一部を抜粋・再編集したものです。

楽天とドコモの幻の提携交渉
トップ同士が握手も雲散霧消

「ポイントビジネスで協力しませんか」。15年3月8日、楽天ポイントの総責任者の笠原和彦は、ある人物にそう持ち掛けた。その人物とは、NTTドコモのポイント事業を担当するコンシューマサービス部担当部長だった前田義晃だ。

 リクルート出身の前田は、2000年にドコモに移籍した転職組で、コンテンツやサービスの分野を長く手掛けてきた。24年6月、副社長だった前田はNTT本体からの落下傘だった前社長の井伊基之からトップのバトンを引き継いだ。NTTグループの生え抜き以外が社長に就任するのは初めてで、社長交代は大きな話題となった。

 笠原が前田に協力を持ち掛けた当時、ドコモは共通ポイント事業への参入を9カ月後に控えていた。Tポイント、Ponta(ポンタ)、楽天ポイントに続く共通ポイントでは4番手となるdポイントである。ライバルである楽天からの意外な申し出に、前田はあっけにとられた様子だった。

 笠原の行動には目的があった。それはTポイントの打倒である。14年に楽天に移籍し、ポイント事業を率いてきた笠原は、Tポイントの強さを痛感していた。1強支配を崩すには、後発同士が手を組む必要があると考えていたのだ。

 楽天とドコモの関係も良好だった。楽天は14年にドコモの通信網を利用して格安携帯電話事業にも参入している。もちろん、楽天が携帯電話事業に参入する構想はまだ具現化する前のこと。両者の組み合わせは決して意外なものではなかったのだ。

 笠原と前田が次に会ったのは、15年5月8日。前田は、楽天との提携を具体的に検討したいと笠原に伝える。その後、両者の間で具体的な提携の中身について議論が重ねられた。そして、15年12月9日、笠原は、カウンターパートで前田の上司だった執行役員の田村穂積から代表取締役全員の了解を取ったと聞かされる。代表権を持つ取締役は当時社長だった加藤薫を筆頭に、加藤の次の社長となる副社長の吉澤和弘ら4人がいた。

 笠原が前田に最初に会ってから1年後の16年3月9日夜、東京・世田谷のイタリアンレストランに楽天とドコモの交渉関係者が顔をそろえた。ドコモ側は、田村と前田、楽天側が笠原と楽天カード取締役の中村晃一という組み合わせだった。

 会食では、突っ込んだ議論がなされた。それが、ドコモの携帯利用料へのポイントの付与である。ドコモ経済圏の力の源泉ともいえる携帯利用料すらも議論の俎上(そじょう)に載せられていたのだ。

 5月、笠原と面会した田村はこう強調した。「加盟企業を一緒に増やしていきたいですね」。そして、田村は笠原にこう伝える。「加藤に口頭で説明して許可を得た」。ドコモトップのゴーサインが出たのである。

 そして、ついに両トップの顔合わせの場面がやって来る。5月16日午後5時、三木谷と笠原は東京・赤坂の山王パークタワーにあるドコモ本社を訪問する。応接室に姿を見せたのは、加藤と吉澤である。そのわずか3日前、ドコモは6月に加藤が相談役に退き、副社長の吉澤が社長に昇格するトップ人事を発表していた。新旧社長のそろい踏みである。

「お互いに仲間を増やしていきましょう」。加藤がそう話すと、三木谷と笠原は静かにうなずいた。そして、最後に三木谷と加藤は立ち上がると、がっちりと握手を交わした。通信とEC(電子商取引)の巨人による大型提携が決まった歴史的な瞬間だった、はずだった……。

 ところが、だ。基本合意書を交わす最終段階を残し、交渉はスタックする。待てど暮らせどドコモ側から合意書が送られてこないのだ。トップ同士の握手から4カ月もたった16年9月8日。田村と前田が東京・二子玉川にある楽天本社にやって来る。

 2人は笠原に対してこう告げる。「ポイントの交換は難しい」。その上で、「加盟店の共同開拓から始めたい」と言い出したのだ。議論は振り出しに戻った。「話が違う」。笠原はそう憤ったものの、長い時間がたっていた状況から発言の真意を即座に理解した。ドコモは提携を進めたくないのだろう、と。結局、これ以上議論は進まず、16年末には提携構想は雲散霧消した。

 ドコモが楽天と組んでいれば、通信事業でライバルのソフトバンクやKDDIを大きく突き放すことになった可能性は高い。楽天とドコモが組んだ最強の経済圏の誕生は、いわばボタンの掛け違いによって幻と消えてしまったのだ。(敬称略)