核融合発電で今注目を集めているのが、レーザーを使って核融合反応を起こす方式だ。米国の研究所が2022年に史上初の点火実験に成功し、投資マネーを集めている。実はその前年、日本でも国内唯一のレーザー核融合スタートアップが設立されていた。会社設立の裏には、若き研究者とベンチャーキャピタリストの知られざる「野望」があった。特集『地上の太陽 核融合新時代』の#6で、真相に迫る。(ダイヤモンド編集部副編集長 重石岳史)
1通のメールから研究者が会社設立
「#核融合で起業しろ」の始まり
「あるベンチャーキャピタルが核融合に興味を持っている。核融合スタートアップを立ち上げたいとのことだが、どう思いますか?」
米カリフォルニア大学サンディエゴ校に研究者として勤務していた松尾一輝氏が、そんな内容の1通のメールを受け取ったのは2020年12月のことである。メールの送り主は、大阪大学時代の指導教員だった藤岡慎介教授。磁化高速点火レーザー核融合研究の第一人者だ。
メールに記されていたベンチャーキャピタルは、12年に創業した独立系のANRI(アンリ)という会社だった。そのANRIの鮫島昌弘氏が核融合に興味を持ち、人を介して藤岡教授の元を訪ねてきたらしい。松尾氏はスタートアップが何かも詳しく知らなかったが、「面白そうだな」と直感した。
レーザー核融合とは、重水素と三重水素を含むペレット形式の燃料ターゲットを高出力のレーザーで圧縮、加熱することにより核融合反応を起こす方式だ。大阪大学や光産業創成大学院大学(静岡県浜松市)で長年の研究実績がある。「大学でこのまま科学実証を続けるよりも、リスクを取って技術実証を進めてみたい」。松尾氏にはそんな思いがあった。
一方、鮫島氏は東京大学理学部で天文学を学び、08年から14年まで三菱商事に勤務した後、ベンチャーキャピタルの世界に飛び込んだ。かつて研究者を志した鮫島氏は、こんな思いを持っていた。「いつか自分が死ぬまでの間に、量子と核融合に貢献できたらハッピーかな」
量子コンピューターのスタートアップ設立は既に成功し、次のターゲットは核融合だった。「#核融合で起業しろ」。まだ核融合が話題になっていない18年ごろからSNSでそう訴え、周囲からは「白い目で見られていた」(鮫島氏)と笑う。
「面白そう」「ハッピー」。そんな思いを持った当時30代の2人が出会い、日本初のレーザー核融合スタートアップ、EX-Fusion(エクスフュージョン)が21年7月に大阪大学発ベンチャーとして立ち上がった。それからわずか3年余で約30億円の資金を大手金融機関などから集め、大阪と浜松の拠点で研究開発を進める。
だが、国際熱核融合実験炉(ITER)のトカマク型が主流の核融合の世界で、非主流のレーザー型に勝ち筋はあるのか。レーザー核融合の可能性に懸けた2人の“野望”を次ページで明らかにする。