人類の夢のエネルギーとされる核融合は、国際協調の枠組みの中で開発が進められてきたが、近年その状況に異変が生じている。世界中で巨額の投資マネーが動き始め、エネルギー覇権を巡る米中の思惑も見えてきた。新時代のエネルギー戦争に日本は勝てるのか。特集『地上の太陽 核融合新時代』の#1で、そのキーマンたちに迫る。(ダイヤモンド編集部副編集長 重石岳史)
核融合の国際開発プロジェクトに異変
日本が直面する「敗戦」のリスクとは?
地中海に面した南仏マルセイユから車で約1時間。のどかな田園風景が広がる地方都市サンポールレデュランスの郊外に、地上に太陽を生み出す実験場がある。
国際熱核融合実験炉(ITER)。2007年に発効した国際協定を基に、米国、ロシア、欧州、韓国、中国、インド、そして日本が協力して運営する世界最先端の核融合研究開発施設だ。
「プラットフォーム」と呼ばれるサッカー場60個分の敷地内には、トカマク方式と呼ばれる実験炉を組み立てる建屋や冷却塔などが立つ。そこに世界中から集まった研究者や技術者ら1000人以上が勤務しているという。
核融合とは、軽い原子核同士が合体しヘリウムなどの重い元素に変化する反応を指す。その際に発生するエネルギーは、太陽など恒星の光源と同種だ。
海中に無尽蔵に存在する水素などを使い、しかも二酸化炭素を排出せず、安全性にも優れた発電エネルギーを人類が手に入れることができれば、環境やエネルギー格差の問題は一気に解決する。ITER発足のきっかけとなった1985年の米ソ首脳会談で、米国のレーガン大統領とソ連のゴルバチョフ書記長(いずれも当時)が核融合開発の国際協力を宣言したのは、その実現こそが東西冷戦後の平和に資すると判断したからに他ならない。
そんな「究極のエネルギー源」を得るために、半世紀以上前から数多くの研究者が試行錯誤を重ねてきた。
22年には米ローレンス・リバモア国立研究所が、核融合反応に使用した量以上のエネルギーを放出する核融合点火に世界で初めて成功した。中国は30年代の発電実証を目指し、年間2000億円を超える世界最大の国家予算を核融合開発に投じている。
人類の夢の実現がようやく見えてきた今、ITERの枠外で莫大な投資マネーが動き始めた。各国の狙いは、新時代のエネルギー覇権だ。
実は日本は、現時点で核融合研究のトップランナーである。炉開発に必要な要素技術を持つメーカーが多数存在し、研究開発の蓄積も多い。だが、かつて日本のお家芸だった電機製品の技術が、中国や韓国、台湾に瞬く間に追い抜かれ、市場から駆逐されたように、新たなエネルギー戦争でも敗戦のリスクにさらされている。
この戦いに勝てば、日本の産業界は再起を図れる可能性が高い。逆に敗れれば、再起不能の没落につながりかねない。ではこの戦いに勝つために、いったい何が必要なのか――。
次ページで「新エネルギー戦争」における各国の思惑や、競争に勝つためのキープレーヤーたちに迫る。