父は単身赴任中だった。そこで母と話し合って救急車を呼び、父の知り合いがいる病院につれて行ってもらった。そのとき、「医学的な助けがいるだろう」と直感的に思ったという。
翌日、姉は退院し、家に戻った父は「医師から全く問題ない。精神科病院に入れると心の傷になるから早く連れて帰った方がいいと言われた」と話した。その後、「姉は、勉強ばかりさせた両親に復讐するため、あのように振る舞っている」と父と母は説明するようになる。「当然、私と同じような認識を持つと思っていたので、最初は何が起きているか分かりませんでした」
姉は常に症状が出るわけではなかったが、急に食卓の上に飛び乗るなどの行動が頻発した。「泣きながら夜、私の部屋に飛び込んできたこともあって、怖くて姉が寝るまで眠れず、睡眠時間1、2時間で高校に通うこともありました」
「姉さんが精神障害ならお前もか?」
面と向かって言われるとショックだった
月日は流れ、大学生になった藤野監督が語学の単位を落とした際、教員が心配してくれた。家の事情を相談すると、「姉さんが精神障害ならお前もか?」と返された。「自分自身にも不安がありました。いつかそうなるかもしれないと。ただ、人に言われるとショックでしたね」
相談しても、周りは受け止められない。話している言葉を遮り「そんなこと、気にするなよ」と早急に答えを出す人もいた。そんな中、大学の近くにあった居酒屋の「おじさん、おばさん」は違った。「ひたすら話を聞いてくれるんですね。それで楽になることを知りました。このことは今のドキュメンタリーの仕事にも役に立っています」
姉の症状は悪化していく。受験できるような状態ではないにもかかわらず、父は国家試験の参考書を毎年買ってくる。姉は110番通報し、「変な女の人がいるから逮捕してくれ」と叫び続ける――。
一般の人にとって、明らかに「普通ではない」情景がスクリーンに広がるが、それが「当たり前の風景」として家庭になじんでいる。「最初はビックリしていたと思いますが、確かに、だんだんと慣れてきてしまったのかもしれませんね」