小説・昭和の女帝#14Illustration by MIHO YASURAOKA

【前回までのあらすじ】「政界の黒幕」真木甚八は自らの死期が近いことを悟り、レイ子を後継者にすることを画策。子飼いの政治家である粕谷英雄の秘書としてレイ子を働かせるだけでなく、プライベートでも関係を結ばせることにした。その裏にある深謀遠慮とは――。(『小説・昭和の女帝』#14)

GHQの参謀第二部と、吉田内閣の幹部が頼った「影の実力者」

 鳩山一郎が公職追放になったときの、真木甚八の落胆といったらなかった。

「総理大臣を一人つくり損ねた」

 甚八はレイ子に、そうぼやいた。

 1946年4月に行われた戦後初の総選挙で第一党になった日本自由党の党首が総理大臣になれない――。敗戦国の現実に甚八は打ちひしがれた。普段飲まない酒に手を出し、「憲政の常道どころか、民主主義すら存在しないのと同じだ」とくだを巻いた。組閣人事まで決めていたが、すべてがご破算になったのだった。

 レイ子は、そんな甚八に同情していた。老人に残された時間はそう多くなかった。食欲がなくなったので検査してもらったところ、胃がんと診断されたのだ。日本自由党の結党とその後の選挙で精力を使い果たした甚八は老いさらばえて、レイ子にちょっかいを出してくることもなくなった。

 そんな中でも、甚八はキングメーカーの役割を果たした。次善の策として、吉田茂内閣の誕生に向けて調整に動き、実現してみせたのだ。「鳩山が駄目ならば、残るは吉田しかなかろう」と有力者を説得して回った。しかし、レイ子から見れば、甚八はずっと虚ろで、何か他人事という感じさえした。

 吉田内閣の組閣前夜、彼女は甚八にある報告をした。それを言うならば、このタイミングしかないと思った。

「実は、いいお知らせがあるんです」。レイ子は甘え口調でそう言うと、粕谷英雄の子を授かったことを明かした。

 甚八は「そうか、それは良かった。粕谷も隅に置けんな」と言って風呂に向かった。以前のように、付いてこいとも言われなかった。しばらくして、風呂場から大きな音がした。甚八が倒れたのだった。