企業は、本業を通じて社会の課題解決に取り組まなければならない――。そんな意識が高まりはじめて、すでに数年が経つ。本業を通じた社会貢献は、社会問題の解決につながるだけではなく、その企業自身の持続性を高めていく。では、その具体的な企業戦略とは、どのようなものか。社会貢献を基軸とした企業活動は、どのようにデザインされ、それは企業の収益性の問題とどのように整合するのか。『目に見えない資本主義』の著者であり、「ボランタリー経済」の可能性を説いている多摩大学大学院教授、田坂広志氏に話を聞いた。(取材/二階堂尚、撮影/白井綾)

「目に見えない資本」という
新たな、しかし、懐かしい価値

――「貨幣」という尺度で評価することのできない資本、すなわち「目に見えない資本」の重要性について本格的に言及されたのは、2009年のことでしたね。

“目に見えない資本”を<br />企業戦略の中に位置づけるべき<br />[多摩大学大学院教授・田坂広志氏]

 きっかけは、2009年1月の世界経済フォーラムの年次総会、いわゆるダボス会議に出席したときでした。リーマンショック後の初めての総会でしたから、当然、現在の資本主義の在り方について厳しい意見が交わされるだろうと思っていました。しかし、世界でもトップクラスのエコノミストが参加しているその会議で、資本主義の根本的な問題が論じられることはありませんでした。論じられたのは、規制強化か自由競争かというテーマばかりでした。

 私はもっと本質的な問題が論じられるべきだと思いました。本質的な問題とは、資本主義を「貨幣経済」だけで語ることが果たして妥当なのか、ということです。企業や社会や国の豊かさを「貨幣」という尺度だけで計ることには、もはや限界がある。それが私の問題意識でした。だから、「貨幣」で計れない価値、つまり「目に見えない資本」について論じようと『目に見えない資本主義』という本を書いたのです。

――「目に見えない資本」の内容について、あらためてご説明ください。

 具体的には、五つの資本があると私は考えています。まず第一が、「知識資本」です。これは人間の頭の中にある知識や智恵のことであり、当然、目に見えないものです。

 その「知識資本」を流通させるために必要なのが「関係資本」です。例えば、知りたいことがあるとき、頼めばすぐに教えてくれる人が周りに何人もいる。これは、豊かな「関係資本」を持っている状態であると言えます。

 ただし、プロフェッショナルの世界では、互いの知識や智恵は「等価交換」されるものです。相手から有用な知識や智恵を得ることができたら、同様に有用な知識や智恵によって報いる。それがプロ同士の関係です。そのためには、自分自身が豊かな「知識資本」を持っていなければなりません。従って、この「関係資本」とは、人脈データベースなどのことではなく、極めて貴重なものです。日本では「有り難い御縁」という言葉を使いますが、それは、この「関係資本」の貴重さを意味する言葉でもあるのです。