
DX時代の企業の成長戦略で、人的資本への投資の重要性を理解することは欠かせない。マイクロソフトやグーグルでエンジニアとして活躍し、複数の企業で技術顧問を務める及川卓也氏が、従来の「モノ」への投資中心の経営から、「人」への投資を重視する経営へ、発想の転換を促す。
「物的資本」から「人的資本」重視へ
実は大きく変わっている企業経営の常識
かつて、企業が価値を生み出すために一番大事だと考えられていたのは、有形資産でした。有形資産とは、例えば工場の設備や生産ライン、商品を運ぶための物流施設など、目に見える物理的な資産(物的資本)のことです。特に製造業では、生産量が増えるほど製品1つあたりの生産コストが低下する「規模の経済」の効果を得るために大規模な設備投資が行われ、企業の競争力向上につながってきました。
しかし現代では、物的資本は引き続き重要ではあるものの、デジタルトランスフォーメーション(DX)が進む中、人材のスキルや知識、創造性といった無形資本、とりわけ「人的資本」が重要な要素として注目されています。デジタル技術やソフトウェアの価値は、それを使いこなす人材の能力に大きく依存しますし、また、それらを開発できる人材の重要性も増しているからです。
最近よく耳にするようになった「人的資本経営」とは、まさに人材を重要な資本として捉え、そのスキルや知識、経験を活用して価値を創出しようとする考え方です。この概念の誕生は、18世紀にアダム・スミスが『国富論』で、特別な技能を持つ人材を高価な機械に例えたことにまでさかのぼります。その後、人的資本は単なる人的資源ではなく、成長可能な投資対象として再定義されました。