オートファジーが専門の大隅良典さん(編集部注/オートファジーの研究を評価され、ノーベル賞を受けた)も、流行の研究が性に合わないからと、みずから「いまの時代なら自分はオートファジーには手を出さない」と言っている。しかし、オートファジーなどは生物学の根幹に関わる現象であり、自分たちのやっていることがいつの間にかそれに繋がっていたなどということもあり、私のラボでも一部オートファジーの研究を続けてはいる。
とはいえ、研究費の問題が関係してくることもあり、こういう宣言を純粋に守れるラボばかりでないことも事実だろう。研究費をもらうためには、金まわりのいい分野で、ある程度着々と成果を積んでいくことも必要となる。流行になっている分野を大事にせざるを得ない気持ちも理解できる。いまならたとえば再生医療などの分野に、国がトップダウンで研究費を下ろしてくることも一因である。
人間の細胞を並べると
地球15周の長さになる
人間1人の細胞の数が約60兆だということは多くの人が知っている。しかし、これでは「すごく多いな」とは思っても、感動には繋がらない。単なる数だからだ。そこで、
「もしその60兆の細胞を1列に並べてみたら、どのくらいの距離になると思う?」
と質問すると、ほとんどの人は、キョトンとした表情をする。ふだんそんなことを考えることもないだろう。
答えは簡単だ。1個の細胞の直径は約10ミクロンなので、それを60兆倍すればいい。答えは60万キロメートル。この数字を聞いただけでは、何の実感も湧かないかもしれないが、60万キロメートルは地球を15周できる長さ(地球1周は4万キロメートル)だと説明すると、そこで初めて「ええっ!」と驚く。
驚きをもってもらうこと、自分の身体には、地球15周分もの細胞が詰まっているのかと驚くことが、サイエンスに興味を持つ第一のステップである。驚きがともなうことで、数字や知識がリアリティをもって理解される。
このエピソードに付け加えてさらにもう1つ、大事なことがある。それは、あたかも常識のように与えられている知識が、必ずしも正しくはないということだ。実は2013年に、人間の細胞の数は60兆ではなく37兆である、という論文が発表された――この論文に世界中があっと驚いた。