企業戦略からは
「国ごとの独自文化」が透けて見える

佐藤 いま研究対象として興味を持っている日本企業はありますか。

ハーバード大教授が日本で研修を行う理由、学生が感動した日本人の「言動」とは?〈注目記事〉佐藤智恵氏

カザダスス=マサネル 現在、研究している日本企業が2つあります。一つは日本最大級の結婚相談所ネットワークIBJ。そしてもう一つが後払い決済サービス等を手掛けるネットプロテクションズです。いずれもハーバードビジネススクールの教材にしたいと思っています。

 IBJの教材は、2020年、パンデミック下で同社が直面した問題に焦点を当てています。結婚相談所の大きな収入源となっているのが、婚活パーティーやお見合い等の企画・運営です。ところが2020年4月、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、緊急事態宣言が発出されると、対面イベントの開催ができなくなり、会社全体の売り上げも激減していました。

 こうした中、IBJはどのような成長戦略を新たに打ち出すべきか、というのが主題です。授業では、自分がIBJの石坂茂社長だったらどうするかを学生に議論してもらうつもりです。

 一方、ネットプロテクションズの教材は、「NP後払い」を普及させた後の成長戦略をテーマにしています。

 授業ではこの教材をもとに、自分がネットプロテクションズの柴田紳社長だったら、どんな新商品・新サービスを展開するか――現状の「NP後払い」にさらに機能を追加するのか、あるいは、新たなサービスを展開するのか――などについて議論してもらう予定です。

 この2つの企業の事例を教材にしようと思ったのは、企業戦略だけではなく、日本社会が抱える課題についても学ぶことができるからです。IBJもネットプロテクションズも日本社会特有の課題を解決するためのビジネスを展開している企業です。IBJが解決したいと思っているのは「未婚率の上昇と少子化」、ネットプロテクションズが挑んでいるのは「即時現金払い」。日本は高信頼社会であるにもかかわらず、驚くほど即時現金払いを好む人が多い国です。

 IBJとネットプロテクションズの事例から垣間見えるのは、いかに日本独自の文化がビジネスの創出に影響を与えているかです。学生にはこの2つの企業から経営戦略の本質とともに日本のビジネス環境の複雑性についても深く学んでほしいと思っています。

ラモン・カザダスス=マサネル Ramon Casadesus-Masanell
ハーバードビジネススクール教授。同校の企業戦略部門長。専門は競争戦略、経営経済学、産業組織論。MBAプログラム、PhDプログラム、エグゼクティブプログラムにて企業戦略、ビジネスモデルと競争戦略、ゲーム理論などを教える。2022年より日本での「フィールドスタディ」(現地実習)の担当教授。学術誌「Journal of Economics & Management Strategy」の共同編集者、野村マネジメント・スクール「トップのための経営戦略講座」講師など対外的にも幅広い活動を行っている。

 

佐藤智恵(さとう・ちえ)
1970年兵庫県生まれ。1992年東京大学教養学部卒業後、NHK入局。ディレクターとして報道番組、音楽番組を制作。 2001年米コロンビア大学経営大学院修了(MBA)。ボストンコンサルティンググループ、外資系テレビ局などを経て、2012年、作家/コンサルタントとして独立。主な著書に『ハーバードでいちばん人気の国・日本』(PHP新書)、『スタンフォードでいちばん人気の授業』(幻冬舎)、『ハーバード日本史教室』(中公新書ラクレ)、『ハーバードはなぜ日本の「基本」を大事にするのか』(日経プレミアシリーズ)、最新刊は『コロナ後―ハーバード知日派10人が語る未来―』(新潮新書)。講演依頼等お問い合わせはhttps://www.satochie.com/