そして、冬眠様状態から戻っても、運動能力や記憶力に変化はなく、脳や心臓、筋肉など生体組織にはなんら異常がなかった。「設定体温」の低下や外気温の変化に応じた体温の制御は、まさに冬眠と同じ状態。論文では「冬眠様」=冬眠の状態と報告したが、私たち研究チームはこの状態はまさに冬眠だと考えている。

ヒトを冬眠させる技術は
救急医療を劇的に変える

 本来、マウスは冬眠しないけれど、なぜか冬眠する機能をもっていた。その神経系のシステムを強制的に操作することで冬眠させることができる。マウスに行った同様の実験を、マウスより体重が重いラットでも行い、同じように冬眠様状態を導くことができた。

 おそらく、ヒトを含め、多くの哺乳類は冬眠が不利になる環境で生活しているため、Qニューロンが機能しないよう制御されているのではないだろうか。

 しかし、冬眠状態へ導く技術は、現代社会にとって活用できるシーンは少なくない。真っ先に考えられるのが救急医療への応用だ。

 ケガによる出血多量や、心筋梗塞(こうそく)や脳梗塞、脳出血などによる血管トラブルが起きて、組織が酸素不足に陥ったとき、一刻も早く酸素を供給しないと組織が死んでいってしまう。時間がたてばたつほど、救命率は指数関数的に下がる。

 そんなとき、もしも、受傷の直後や、救急車やドクターヘリが到着してすぐ冬眠状態にすることができれば、必要な酸素量を大きく減らすことができる。組織のダメージを抑えられ、救命率を上げることができるだろう。

 ほかの例を挙げると、新型コロナウイルス感染症が重症化した患者を助けるために使われた人工呼吸器やECMO(体外式膜型人工肺)。ECMOは働かなくなった肺の代わりに強制的に体に酸素を送り込む装置だ。当時、ECMO不足が大きな問題になったが、人工冬眠状態で酸素の需要を最小限にしてしまえば、人工呼吸器やECMOはいらなくなる。