冬眠をするのは、その必要性があるからで、ヒトが冬眠しないのは、いつでも食糧が手に入り、冬眠する必要がないからだ。

 言い換えれば、潜在的にはヒトも冬眠する能力をもっている可能性が高いといえる。冬眠するサルと人間の遺伝子は、約98%共通している。両者を分かつわずか2%の遺伝子で冬眠するかしないかが決まるとは考えにくい。

 人間もおそらく能力的には冬眠できるはずだ。実際、2006年に兵庫県の六甲山で遭難した男性はほとんど何も食べずに24日間を過ごし、発見時の体温は22℃くらいだったという。また、スウェーデンでも雪に埋もれた車の中で2カ月間飲まず食わずで生存していた男性の事例が報告されている。

 今、生き残っている哺乳類は氷河期を乗り越えてきている。そうしたことを考えても、ヒトが冬眠できる機能をもっていてもなんらおかしくない。

 実際に、スペイン北部のアタプエルカにある遺跡シマ・デ・ロス・ウエソスで見つかった30万年以上前の人類の化石骨の損傷状態が、クマなど冬眠する動物の状態と類似していたという研究結果もある。骨の成長が毎年数カ月中断していた可能性があり、食べ物がほとんどない寒い冬に何カ月も睡眠することで新陳代謝を抑え、生き延びたのではないかと考えられている。

脳の「Qニューロン」を興奮させると
マウスは冬眠に似た状態に入った

 私の研究グループは2018年頃、「QRFP」という神経ペプチドに関する実験をしていた。QRFPは摂食や覚醒中の行動の制御に関係する物質であることはわかっていて、その次のステップとして、QRFPを発現している神経細胞を興奮させる実験を行っていた。

 遺伝子改変技術で特定の薬剤(CNO)に反応するマウスをつくり、このマウスに薬剤を注射したところ、食欲が増えるどころか、マウスの動きが止まり、摂食行動もほとんど行わなくなってしまった。そして、体温が明らかに下がっていた。

 そこで、こうした低体温・低代謝の状態に、脳のどの部位がかかわっているのかを探るため、マウスの体温を確認しながら、薬剤に反応して興奮する神経細胞を探していった。

 すると、視床下部のある一部(視床下部前腹側脳室周囲核:AVPe)にある特殊な神経細胞群が興奮すると、冬眠に似た状態(冬眠様状態)に入ることがわかった。この部位を選択的に興奮させると、マウスの体温は数日間にわたって低下し、代謝も著しく下がることを確認した。