花江は、今にも泣きだしそうな顔をしていた。

「お母さん、抱っこしてみてください」

 助産婦が、赤ん坊を花江に抱かせようとする。

 しかし四ツ谷秀美(編集部注/恵子の先輩刑務官)が、手でそれを制した。

 産まれたばかりの子を母親に抱かせることも規則違反なのか。

 いや、違った。四ツ谷は、花江の右手にかけられた手錠を外している。そちらのほうが規則違反なのかもしれない。けど四ツ谷は、子供を抱かせる前に、あえて、そうしているのだ。

 花江は、手錠も捕縄もない手で、包み込むようにして我が子を抱いた。えくぼが浮かぶ頬には、大粒の涙が伝う。

祝福されずに生きてきた女は
刑務官の「おめでとう」に感極まった

「浅村さん、おめでとうございます」

 四ツ谷が言った。恵子も慌てて言う。

「花江さん、おめでとうございます」

 突然、花江が声を上げて泣きだした。

 彼女は、しゃくり上げながら話す。

「うち、人生の中で……、人から『おめでとう』ゆわれたことなんか、なんぼも……、なんぼもない……。まさか……、受刑中に『おめでとう』ゆわれるとは、思わへんかった。せやけどな……、それもな……、この子のおかげや。うちな……、この子に感謝して、ほんま、一生懸命育てるわ」

 その言葉に嘘はなかった。

 本当に花江は、一生懸命だったようだ。入院中は、ひたすら育児関係の本を読んでいたらしい。子供と一緒にいる時は、絶えず話しかけていたという。

 産まれた子は、「知恵子」と命名される。花江が名づけたのだ。

 恵子にとっては、こそばゆさを感じるような話だが、あとで花江に、こう打ち明けられた。

「高田先生みたいに綺麗なってもらおう思うて、『恵子』の字、いただいたんよ。それから『知』の字は、こうゆうことなんやわ。うちって、ほんまアホやろ。せやからね、うちみたいにならんよう、『知』の字つけて、賢うなってもらおう思うて、知恵の子にしたんや。ええ名前やろ」