1カ月近く、母と子が過ごしてきた育児室。そこは、笑いの絶えない場だった。頻繁に人が訪れ、赤ん坊の様子をうかがうだけでなく、オムツ替えのアドバイスをしたりもしていた。
刑務所の中で「笑い」というのは、不謹慎かもしれない。でも、皆が笑顔を見せ、てきぱきと作業をこなすようになっていた。看病婦たちは、早く赤ん坊を見たいがために、怠業どころか、休憩すらもせずに、掃除や洗い物を済ませる。受刑者だけではない。職員たちも、気持ちに「張り」のようなものが生まれ、いつもより、仕事が捗っていたのではなかったか。
そうしたなかで、またたく間に、時が過ぎていく。
子どもは乳児院へ送られ
母の乳は薬で止められる
花江が出産したあの日から、すでに1カ月が経っていた。
育児室に入ると、小さな命を育んできたその神聖さのようなものを、部屋全体に感じた。恵子がこうしてこの部屋で、浅村親子と会うのも、これが最後だと思う。知恵子は、24時間以内に、岐阜市内の乳児院に入所することになっていた。
恵子の前で、花江は、知恵子に母乳を与えている。明日からは、母乳を止める薬が処方されるそうだ。
先ほど来、花江は、ずっと明るく振る舞っていた。今も笑みを浮かべるが、それは見るからに、硬くてぎこちない笑顔だった。
「あしたになっても、幸せが終わるわけやないもんね。離れて暮らすようになっても、親子は親子、ずぅーと、うちら親子や。なあー、知恵子ちゃん」
子供のほっぺを指でつつく花江が、不意に顔を上げ、恵子を見る。
「そうそう、四ツ谷先生は、ほんま、ありがたい人やわ。あの先生な、最低でもひと月に1回は、知恵子に会いに連れて行ってくれはるんやて」
確かにそのようだ。〈子供との定期的な面会〉というのは、分類からの提案だが、それを処遇部長に認めさせたのは、四ツ谷だったらしい。