娘を奪われた母の刑務作業は
養豚場の子豚の世話だった

「そんでな、うち、あしたからの仕事も楽しみなんや。もともとおった経理工場に戻るんやけどね。高田先生も知っとんちゃう?養豚場で先週、子豚が何匹か産まれたんやてな。うち、その子らを、めっちゃ可愛がってやんねん。1匹には、『トン子』ゆう名前つけてあげるんや。歌手の雪村いずみの愛称と同じやもんね」

 豚は、残飯整理役も兼ねて、ほとんどの刑務所で飼われている。ここには十数匹いたが、その豚たちの世話をするのは、係の刑務官および、所内清掃などの自営作業に従事する「経理工場」の受刑者たちだった。

「そうよね、花江さん。知恵子ちゃんの代わりにって言ったらなんだけど、その愛情を、子豚ちゃんたちに注ぐのもいいわね」

 花江が、笑顔で頷く。が、急に、顔全体が歪む。そして、知恵子を抱き締めたかと思うと、その尖った眼差しを、恵子に向ける。

『出獄記』書影『出獄記』(山本譲司、ポプラ社)

「先生のアホ。知恵子と子豚が一緒なわけないやろ」彼女の目から、涙が零れ落ちる。「うち、やっぱり、知恵子と別れんの嫌や。嫌や、嫌や、絶対嫌やー。なあ知恵子、あんたも嫌やろ」

 花江は、知恵子に頬ずりしながら、なおも「嫌やー、嫌やー」と叫び続ける。

 それまで大人しくしていた知恵子が、突然、火がついたように泣きだした。それに合わせて、恵子のお腹の子も暴れだす。

「先生はええなー、ずっと子供と一緒におられるんやろうから。うちは、どないすればええねん。なあ先生、教えて」

 恵子は、黙ったままである。

 みんなが、幸せになりますように──。心の中で、ただただそう願っていたのだった。