職場での過酷なストレスを
夫は家庭で発散させていた

 職場で弱い相手といえば、部下や後輩、あるいはパートやアルバイトだろう。だが、この夫の場合、上司からされたのと同様のダメ出しを自分がしても許されるような相手は社内に見当たらなかったのではないか。

 実は、吸収合併の過程で早期退職の募集があったが、夫は会社に残ることを選んだという。

 しかし、前の会社で一緒に働いていて、現在の職場に移った同僚は次々に辞めていくらしく、夫を含めて、吸収合併された側の会社の人間はかなり弱い立場に置かれているように見える。夫と同様に上司からダメ出しを繰り返されている可能性もある。

 このような状況では、ダメ出しができる自分より弱い相手といえば、家族しかいない。そこで、妻子へのダメ出しが始まったわけだが、やられる側としてはたまったものではないだろう。妻が落ち込んでしまったのも、当然の反応といえる。

 見逃せないのは、実際に心療内科を受診したのは妻だが、むしろ病んでいるのは夫だということである。吸収合併後に上司から繰り返されたダメ出しという不快な経験のせいで、夫の自尊心は傷つき、自己肯定感も低下した可能性が高い。

 その結果生じた鬱憤を酒でまぎらわそうとしたからこそ深酒が増えたのだろうが、それでは克服できなかったので、「攻撃者との同一視」によって家庭内でのダメ出しが始まったと考えられる。

 このように心を病んでいる張本人ではなく、そのとばっちりを受けた家族が心身に不調をきたして心療内科を受診することはときどきある。その場合、受診した家族が治療対象になるが、それでは根本的な解決にならないことが多い。

 そもそもの原因は、吸収合併先の大きな会社になかなか適応できず、上司からのダメ出しによってストレスを溜めている夫にあるので、本来であれば夫が受診することが望ましい。

 しかし、実際にはそれは望み薄だ。なぜかといえば、夫は自身の職場不適応もストレスも認めたくなくて、鬱憤晴らしの手段が他にないからこそ、酒に逃げたり家族へのダメ出しを繰り返したりしているからだ。