日本の高度経済成長の時代、日本経済を背負った世代の底知れぬ情熱の正体は、単なる経済成長や利潤を追求するエネルギーだけではなかったのだろうと、筆者は考えています。

 そこにあったのは、「失われた命を二度と無駄にしない」という個人の体験に基づいた強靭な誓いです。焦土から立ち上がった日本が短期間で復興を遂げ、技術立国・経済大国へと躍進できた背景には、戦争で失われた多くの命、砕け散った夢、家族を想う祈りがあり、それらがかたちを変えて個人の責任感へと転化していった──。

 それは、「自分の成功」が目的ではなく、「次の世代のために自分が何を残せるか」を問い続けた時代の空気でした。だからこそ、企業経営者も技術者も、あるいは名もなき町工場の職人たちまでもが、国の未来と自分の仕事を、一本の線で結びつけていたのだと想像します。

 では、戦争の記憶が風化しつつある現代において、私たちは何を原動力とし、どんな価値観を拠りどころにすべきなのでしょうか。

 気候変動、エネルギー問題、格差の拡大、人口減少といった地球規模の課題はありますが、現代の起業家や経営者が「復興」や「戦後の責任」に代わるような、共通の倫理やモチベーションの軸を持っているとはいえません。

 今こそ必要なのは、かつての経営者たちが持っていたような、「誰かのために、未来のために、自分の力を使い切る」という覚悟なのかもしれません。戦後の経営者が戦争の犠牲に報いるために立ち上がったように、私たちもまた「次の危機」に応える責任があります。それはきっと、社会に対する真摯なまなざしと、長期的な視点に裏打ちされたビジョンから生まれてくるはずです。

Key Visual by Noriyo Shinoda