残された巨大な「鬼の手形」
県名にまつわる伝承とは
さらに関心をそそるのが、羅刹が村から退散する際、誓いの証しとしてこの三ツ石に手形を押したというエピソードだ。なんと、その手形がこの巨石の表面に残されているのだが、残念ながら風化が激しく、いまではその部位を特定するのは難しい。
そこで三ツ石神社では、その手形を社殿の壁に写し取って公開している。少なくとも普通の人間のサイズとは桁違いで、手を当ててみれば羅刹がいかに大きな鬼であったかが実感できる。
面白いのは、これがそのまま岩手県の名前の由来とされている点で、鬼が岩に手形を押したらから「岩手」というわけだ。実際はどのようにあつらえられた手形なのか不明だが、岩手県には妖怪伝承で知られる遠野もあり、こうしたファンタジーと相性の良い土地柄なのかもしれない。
なお、岩手にかぎらず全国には鬼に関する多様な伝承が存在している。しかし、たいていのケースは大陸から襲来した海賊、山賊を示唆するものばかりで、こうして鬼退治のエピソードと痕跡(鬼の手形)を伴うものは珍しい。果たして、この羅刹とは何者だったのだろうか。
一般的には羅刹とは羅刹天、つまり古代インドの神話に由来する、仏教の教えと共に日本に広まった悪鬼を意味している。あの「西遊記」でも敵役として「羅刹女」という女版・羅刹天というべきキャラクターが登場するほど、アジア圏で浸透している存在だ。
三ツ石神社の創建年代は不明とされているが、6世紀半ばの仏教伝来をきっかけにしていると推定すると、冒頭で述べた斉明天皇崩御の時期とも遠くなく、なにやら腑に落ちる思いがするのは筆者だけだろうか。

