そんなふうに、いい加減な人たちが職場の人間関係の中で「なあなあ」で許される一方、彼自身は上司や同僚から冷たい目で見られ、仕事上の些細なミスを大袈裟に指摘され、責められるということでした。彼はそうした状況に理不尽さと憤りを感じていました。

 このように、カウンセリングの中では怒りを表現することが多かった彼でしたが、それ以外の時間はほぼずっと無力感と憂うつ感に沈んでいたのです。

 彼の生い立ちを聞くと、とても過酷な家庭環境を生き延びてきたことが分かりました。

 両親は彼が小学校に上がる前に離婚し、彼は母親と2人の家庭で育ちました。母親は水商売で生計を立てていましたが、経済的にも心理的にも余裕はなく、息子に十分な世話をすることができませんでした。機嫌が悪いとヒステリックに怒って暴力を振るうことがあり、食事も用意せずに家を空けることも度々あったそうです。

 彼の話は、周りの人たちに対する批判がほとんどで、聞いていて辛くなるようなものばかりでした。彼は周りの誰とも良好な関係を築くことができませんでした。

 私もまた彼との間で良好な関係を築けているような感覚はまったく得られませんでした。1年近く面接を続けてもその感覚に変わりはありませんでした。

 彼はこれまでに何人ものカウンセラーにカウンセリングを受けてきており、私とのカウンセリングでは、以前のカウンセラーがいかにいい加減な仕事をしていたかについて度々批判しました。

 おそらく彼は、私のカウンセリングについても同様の不満を抱いていたはずですが、不思議なことに彼が私に対する批判を口にすることはありませんでした。

SNSで怒り狂う人にも
彼らなりの事情があった

 おそらく彼にとって、このカウンセリングは彼の日常生活におけるほとんど唯一の安心できるつながりなのだろうなと私は推測しました。だからこそ、彼は私を批判しないでいたのでしょう。