それに対して、店員の方は、徒労に終わったことに対して謝罪はするものの、

「店頭にありますとお答えはしましたけど、買いに来られるとか、取っておいてほしいとかはお聞きしていなかったものですから……」

 と釈明するのだが、それがまた客を刺激し、客の怒りは収まらない。

 今さら事の真相はわからないが、お客にしてみれば、わざわざ店頭にあるかどうか確認して、あったわけだから、買いに行くのは当然だし、取っておくのが当然だという思いがあるのだろう。それは、本人としてはあまりに当然の思考の流れであるため、取っておいてほしいと言ったつもりになっているのかもしれない。

 人間には、自分が当たり前と思っていることは、つい言った気になってしまう、聞いた気になってしまうという習性がある。

 だが、自分にとっては当たり前でも、立場の異なる相手にとっては当たり前ではないということもよくあるので、いちいち言葉に出して確認することが大切である。

「売れてほしい」と思っていると「買う」と言われた気になる

 私自身、店員とのスレ違いを経験したことは何度かある。ある店で、まだ買うと決めたわけではなく、ある品を手に持ちつつ、いろいろ見ている途中で、

「レジでお預かりしておきましょう」

 と店員から声をかけられ、まだどれにしようか迷っていてこれを買うと決めたわけではないのですがと言いながら渡したのだが、しばらく店内を見て回ってからレジに行くと、その品が包装されていて慌てた。じつは、あとで見つけたモノの方が良かったので、預けた方は買わないつもりだったのだ。

 人間には、自分が期待し、求めていることは、聞いた気がしてしまうといった習性がある。

 その店員も、「売れてほしい」という気持ちがあったため、私がまだ買うと言ったわけではないのに、買うと聞いたつもりになってしまったのだろう。結局、私はその包装されていた物を買うことになった。

 このように、記憶のスレ違いに欲求が絡みがちであることを踏まえておけば、日常のやり取りでの記憶のスレ違いも、相手が何を欲しているか、何を望んでいるかを知る手がかりになる。