周りのお客さんが皆失笑しているのに気がつかないタイプの方のようだった。「恥ずかしいからやめたら?」と、もう少しで言いそうになったが、この手の人物は逆上するとややこしそうなので、静かに眺めていることにした。最終的には皿を新しいものに替えてもらって一段落したが、その後も何皿か食べ続けて帰っていった。やっぱり彼も50代半ばくらいの男性であった。きっと職場や家庭で嫌なことがあったのであろうが、やれやれである。妻に対してだけではなく、どんな時も誰にでも「心を自制すべき」なのである。そうしないとこんな風に書かれてしまうのだから。
上司のハラスメントに
愛想よくふるまう知恵
「目上の人には口答えしないように。好きなように言わせておけばよいのです。不愉快な言葉にも愛想よく対応するのです。それは彼の心を静める治療薬となるでしょう。喧嘩腰の受け答えは暴力をもたらし、あなたの強い心は衰弱していくだけなのですから」(「アニの教訓」より)
この格言を読むと、これまでに自分が経験してきたさまざまな場面を思い出して、少々気分が悪くなってきた。読者であるあなたにも程度の差こそあれ身に覚えがあるであろう。社会のなかで生きるとは、あるいは社会人とは、理不尽さに直面し、それらと上手く折り合いをつけることでもある。もしあなたが若く経験が浅ければ、上司のハラスメントまがいの言葉に腹を立て、最後には我慢できずに非難の言葉を吐き出してしまうかもしれない。
周りの人たちは、あなたの言動を心のなかで理解してはくれるが、積極的に助けてくれることは稀である(もしそのような人があなたの周りにいるなら、あなたは幸運だ)。そしてあなたは幾度目かにあきらめの境地に達するのだ。そして良くも悪くも少年少女は大人になる。
とは言うものの、上記の文言に「目上の人」とある点には注意が必要だ。そこには古代エジプト社会において、目上の人を敬うという考え方が存在していたことが読み取れるからである。紀元前5世紀の古代ギリシアの歴史家ヘロドトスの『歴史』にもそんなことが書かれていたような気がする。