がんセンターの内科医は、そうした見通しを山崎さんに伝え、「患者のため」のつもりでホスピスの準備を勧めたのである。

 確かに患者さんの住所は、がんセンターからも私の新しい勤務先からも遠く、長期的には通院困難になる可能性もあった。ただ、今さら「近くの病院を探せ」なんて言えたものではない。私は治療を開始した。

医者ががん告知をするのは
患者のためではない!?

 我々は現在、当たり前のように癌の病名告知をして、どころか「あとどのくらい」という予後の見通しまで本人に告げる。それが患者のため、という建前になっているが、なにその実は御都合主義でしかない。

 1961年にアメリカ医師会雑誌に出た調査結果では、9割の医者が癌患者の病名告知をしない、と答えている。この頃の患者へのアンケートでは、すでに9割の患者が「知りたい」と答えているのに、である。

 その「言わない」理由では、4分の3が「臨床経験から」、つまり「それが患者のためだと判断した」を第1の根拠に挙げている。

 1979年に、同じ雑誌に、同じ調査結果が出た。今度は98%の医者が告知をする、と回答し、理由は70%が「臨床経験から」、つまり「それが患者のためだと判断した」を第1の根拠としていた。

 要するに、20年弱の間に、アメリカの医者は、全く同じ「患者のため」という理由で「言わない」から「言う」へ180度転換したのである。

 私が癌告知を始めたのは1990年であり、日本では圧倒的な少数派だった。私は自分の母親から、「お前はなんてひどいことをするのか」と叱責されたものである。

 10年経つか経たないかのうちに、同じく180度変わっている。

 それを咎めようというのではない。ただ経緯から考えて、この転換は「やむを得ないこちらの事情」からなのであり、「患者のため」なんてお為ごかしで自分自身も騙さないほうが良い。