医者の余命宣言の裏には
「看取るつもりはない」という本音
同様に、予後の告知をするのも、主な理由は「こちらの事情」であろう。
宮藤官九郎脚本のドラマ「俺の家の話」を観ていたら、西田敏行さん演じる主人公の父親に「医者から、私の命はあと半年と言われました。医者は短めに言いますから、あと1年なのでしょう」というセリフがあり、笑ってしまった。さすがにクドカンは医者の行動パターンを読んでいる。
それはともかく、患者にあとどのくらい、の予後まで伝えるのは、それによって本人に残された時間を自覚させ、最期どのようにするのかの覚悟と準備をしてもらう目的、ということになっている。
それが「患者のため」と言いたいのだろうが、相当数の患者にとっては大きなお世話である。数年先のことを考えるより、まず眼前の治療に集中したい。なのにその時医者の側が余計なことを付け加えるのは、言い訳もしくは予防線ではないか、と勘ぐられてしまう。そしてそれは正しい。
実際、山崎さんを怒らせた内科医は、「ホスピスを考えろ」と伝えた。つまりは、「自分は、あなたを最期まで世話をして、看取るつもりはない」と宣言したようなもので、図らずも医者の「御都合主義」がバレバレである。
もちろん私は、がんセンターの診療体制を知っている。いよいよになって、やはり患者を手放さなければいけないことも多い。
だがそんなの、その時に説明すればいい。その頃には患者とも仲良くなっていて、話も通じやすいだろう。初対面で「自分の都合」を白状してしまうのはナイーブにすぎる。
最後の願いに応えることが
医者の仕事なのかもしれない
本来は「自分たちの都合」なのだが、それを「患者のため」と勘違いしてしまうと、傍目には非常識極まることもしてしまう。
私ががんセンターにいた時に、初診患者すべてに対して窓口で(ということは事務職員対応で)「心臓が止まった時に、心臓マッサージその他の蘇生術を希望するかどうか」の意思表示書(DNR文書)にサインをさせよう、という提案が運営会議に出され、真面目に議論された。







