縦横2軸ずつのスキル――「♯(シャープ)型人材」が、組織と個人を変えていく

働く者一人ひとりの「キャリア」がいっそう重視される時代になった。個人が職業経験で培うスキルや知識の積み重ねを「キャリア」と呼ぶが、それは、一つの職種や職場で完結するものとは限らない。「長さ」に加え、キャリアの「広さ」も、エンプロイアビリティ(雇用される能力)を左右するのだ。書籍『個人と組織の未来を創るパラレルキャリア ~「弱い紐帯の強み」に着目して~』(*)の著者であり、40代からのキャリア戦略研究所 代表の中井弘晃さんは、“パラレルキャリア”こそが、個人と組織を成長させると説く。今回は、これからの組織と個人にとって不可欠となる「♯(シャープ)型人材」について、中井さんが定義&解説する。(ダイヤモンド社 人材開発編集部)

*1 中井弘晃著『個人と組織の未来を創るパラレルキャリア~「弱い紐帯の強み」に着目して~』(2022年10月/公益財団法人 日本生産性本部 生産性労働情報センター刊)

*連載第1回 価値ある“パラレルキャリア”とは?広義の5タイプから考える副業との違い
*連載第2回 “パラレルキャリア”の効果と効果最大化のために個人と組織に必要な姿勢
*連載第3回 仕事のキャリアをよい方向に導く“緩やかなつながり(弱い紐帯)”を考える
*連載第4回 “偶然の出来事”をキャリアに活かす!――そのために必要なことは何か?
*連載第5回 不本意な異動や出向……職場環境の急な変化で、キャリアを豊かにする方法
*連載第6回 “副業”ではない、“活私奉公型のパラレルキャリア”が、個人と組織の未来を創っていく
*連載第7回  “活私奉公”の時代に、ビジネスパーソンは仕事にどう向き合えばよいか?
*連載第8回 著名タレントの事例から学ぶ、パラレルキャリアがもたらす“現代を生き抜く力”

新しい人材モデルとなる「♯(シャープ)型人材」

 かつて、私が就職活動を行った1980年代、就職先の選定において、多くの学生が「安定性」を重視しました。当時の「安定性」は主に、大企業に就職することであり、大企業に就職すれば、将来は安泰だと考える幻想がありました。時代が変わったいまも、学生が就職において「安定性」を重視する傾向は変わっていません。2025年卒の学生の約6割が、キャリア選択で「業界/企業の安定性が高い」ことを重視するという調査結果もあり、逆に安定志向が高まっているようにも見えます。しかし、私がキャリアコンサルタントとして大学生と会話をすると、同じ「安定性」でも、かつての「安定した企業への就職」から「(自身の)成長を軸とした安定性」に変化しているように感じます。企業に依存できない時代となったいま、「頼れるのは自身のスキル」という意識が根付きつつあることを反映しています。

 本稿では、企業に依存しない「成長を軸とした安定性」を実現するための新しい人材モデルとして「♯(シャープ)型人材」(筆者による造語)を提唱します。これは、特定の専門スキルを2つ(縦2軸)持ちながら、それらをつなぎ、新たな価値を生み出す横断的なスキルを2つ(横2軸)持ち合わせる人材を指します。

 一般的に言われる「T型人材」が専門スキルと横断スキルを一つずつ持つモデルであるのに対し、「♯型(シャープ)人材」は2つの専門スキル(縦2軸)と、それらをつなぐ2つの横断スキル(横2軸)を兼ね備えることで、より強固なキャリアの土台を築きます。「♯(シャープ)」は「#(ハッシュ)」と異なり、横の2本線が右肩上がりになっています。「♯(シャープ)」は音楽記号では半音上げるという意味です。「♯(シャープ)型人材」の横2軸は「社会人基礎力」と「変身力」。昨日よりも「半音上げる(半歩進む)」といった姿勢が大切だと私は思います。

「♯(シャープ)型人材」はハードルが高いと感じるかもしれません。しかし、20代、30代のうちから意識して取り組むことで、達成は十分可能です。2025年の上場企業の早期退職募集人数が8月末時点で既に2024年通年の人数を上回り、黒字リストラも相次ぐ不確実性の時代、自分自身を守り、希望する仕事をするためにも、縦軸、横軸双方のスキルの複線化は不可欠だと考えます。