それ以来、毎朝鏡の中の自分に「今日は本当にすべきことをするか」と問いかけている。「NO」が何日も続いたら、何かを変えるべきだと気づく。すぐに死ぬと思ったら、大きな決断ができる。

 そして彼は1年前に癌を宣告されたことを明かし、死ぬ準備をし、家族に負担を残さないよう、すべて片付けておく覚悟をした。しかし、手術を受けていまも元気でいる。そう話しました。

 この経験から彼は「死は生命の最高の発明だ。死は古いものを消し去り、新しいものへの道をつくる。この『新しいもの』はみなさんだが、そう遠くないうちにみなさんも消えていく。自分の直観に従う勇気をもってほしい」と語りかけました。

大勢の前で話すなら
要点はシンプルに

 最後は、若いころに出会った「全地球カタログ」というヒッピー向けの雑誌の話をします。そしてその雑誌の最終号の裏表紙にあった「Stay hungry, stay foolish.」という言葉でスピーチを締めくくりました。

 この言葉は直訳すれば「空腹であれ、愚かであれ」となりますが、彼のスピーチ全体の文脈から「人生の時間は限られているから、自分の心に従って進め」と解釈するのが適切でしょう。

 さらに穿って考えれば、彼は若いころから禅の思想に傾倒していました。日本の曹洞宗の僧侶に学んでいます。

「Stay hungry, stay foolish.」は、腹のなかも頭のなかも空っぽにせよ、虚しくせよ、と言っているようにも思えます。つまり禅の「空」、般若心経の「色即是空」の「空」の生き方ではないかとも思えるのです。

 ジョブズはプレゼンの名手でした。イッセイミヤケの黒いタートルネックシャツを着て、プレゼンする姿を思い出します。彼が大勢を前に話すとき、必ず要点を3つに分けたといいます。

 2007年にiPhoneを発売したときの伝説的なプレゼンがあります。いつもの黒いシャツで登場したジョブズは「2年半この日を待ちわびていた」と語りはじめます。「数年に一度、すべてを変えてしまう新製品が現れる」と続け、「1984年、マッキントッシュがコンピューター業界を変えた」。「2001年、iPodが音楽業界を変えた」と、この日発表される3つ目への期待を高めます。