トランプ政権が提示した
3つの「最終手段」
アメリカ側の交渉カードは強力だった。トランプ政権は、中国に対して追加関税の再発動、先端半導体の輸出全面停止、中国金融機関へのドル決済制限という3つの「最終手段」を提示していた。
とくにドル決済の遮断は、中国経済にとって致命的である。主要な国際貿易の半分近くを占めるといわれるドル決済を断たれれば、中国企業の活動は決定的な打撃を受ける。
米『ワシントン・ポスト』紙が2025年7月11日付の米中貿易戦争についての解説記事で「中国は崖の縁をのぞき込み、落ちる前に立ち止まった」と評したのは、このことを指していると考えられる。アメリカが制裁を発動する可能性が現実味を帯びる中、中国は「一歩引く」以外の選択肢を失っていた。
もちろん、中国のドル決済を遮断すれば、経済的に中国に依存しているアメリカ側にも大きなダメージがあり、現実的な選択肢とは言い難いだろう。だが、「トランプならやるかもしれない」という恐怖が中国側を動かすことになった。
崩れた中国の
「レアアース外交」
そして最も象徴的だったのが、レアアースをめぐる駆け引きである。
中国はここ十数年、レアアースを外交カードとして温存してきた。レアアースは、電気自動車、半導体、ミサイル誘導装置、風力発電機など、ハイテク産業の基礎を支える戦略資源であり、その生産の6割以上を中国が占める。2010年には尖閣諸島問題をめぐり、日本への輸出を一時停止し、資源を政治的圧力として使ったこともある。
レアアースの採掘シェアの6~7割、精製・加工の約9割を握るという中国は、このカードを「決定打」として温存したかった。だが、トランプ政権の苛烈な関税と制裁によって、先に切らざるを得なくなったのである。
しかも、その間に、アメリカはレアアース供給の多国間協力体制を構築しつつある。アメリカ、オーストラリア、カナダ、インド、日本などが連携し、採掘・精製・リサイクルの国際ネットワークを整えて、脱中国依存を進めようとしている。
アメリカ防総省もレアアース精製企業に直接出資し、国内生産を再開する動きを見せている。
中国がレアアースという外交カードを早くに切ったことで、アメリカ側は決定的なところまで追いつめられる前に突破口を構築する必要に迫られた。たしかにレアアースは決定的なカードだが、最も効果的な使い方ができなかったことは中国側にとって痛恨だった。
だが、今、カードを切らずに時間を過ごせば、中国が優位性を失うのも確かだった。その前に「トランプ関税」というとてつもない爆弾が投げ込まれたことで、中国は「外交カードを失う前に使う」という苦渋の判断に追い込まれたのである。それくらい中国は経済的に追い込まれているのである。
中国にとって、今回の「凍結合意」は屈服ではないものの、残された1年を利用して、対米外交戦略を再整備する時間稼ぎでしかなかった。だが、アメリカが同盟国とともに供給網を固めつつある今、このカードは時間が経つごとに効果が薄れていく。







