もっとも、その時は電気屋をやろうとはっきりきめたわけではない。ただ漠然と、小商売をやろうという気持だ。というのは小商売をやるといっても、私には何の考えも経験もないし、商売するとすれば手近なものだけだ。

もし松下の体が健康だったら
パナソニックは存在しなかった

 それには、私は酒は飲まんし、そのころ、会社の合間合間に腹でもすくと近所のゼンザイ屋にいってゼンザイを食っていた。それが頭にこびりついていたわけだ。だからゼンザイ屋はいいな、1つこういう商売でもやろうかと思っていた。

 しかし、その頃はひとり者だったし、ゼンザイ屋をやるなら、嫁さんでももらわねばできないだろうなと思いながら、勤めていた。

 そういう関係で、私は早く結婚した。商売をやるには嫁さんがいないと困るというわけだ。

 もう1つは、私はからだが弱い、嫁さんをもらうと万事世話をしてくれるし、養生もできるというわけだ。今の男女平等の思想からいったら、まったく不都合な話で、男が健康になってからもらわんと嫁さんが気の毒だ。

 しかし、私の姉が始終、嫁さんをもらうとからだの養生ができるといって奨めるので、早くもらうことになった。それに家は破産してしまったから、仏さんをまつっていない。それを姉がかりにあずかっている。そういうことがあるので、早く世帯を持てというわけだ。

 それで数え年22の年に世帯を持った。満でいうと20だから、ずいぶん早かったものだ。

 それまで、ずっと会社に勤めていたが、嫁さんをもらってからは、よけい小商売をしようという希望に燃えた。

 そのうちに、たまたま私がソケットの改良をやった。その改良品を電燈会社に提供して使ってもらおうとしたら、実用性がないということで採用にならなかった。

 しかしそれが1つの転機となって、さらに改良して、自分はこれを小商売にしようということで会社をやめた。

 だから、私が会社をやめて商売をするようになった動機の1つは不健康にあったわけである。逆説的にいえば、私がある程度健康であれば、おそらく今日の私はなかったことになる。