例えば、「多重債務者が原因である自殺が21年から増えている」という話もあまり鵜呑みにしないほうがいい。「多重債務者対策をめぐる現状及び施策の動向」(2025年10月1日金融庁 / 消費者庁 / 厚生労働省(自殺対策推進室) / 法務省)をみると、確かに多重債務が原因の自殺者は2021年の645人から増加して24年は853人となっている。ただ、このグラフには21年の横に赤い点線が引かれ、このような注釈があるのだ。

《自殺の原因・動機について、令和3年以前は、遺書等の自殺を裏付ける資料により明らかに推定できる原因・動機を自殺者1人につき3つまで計上可能としていたが、令和4年以降は、家族等の証言から考え得る場合も含め、自殺者1人につき4つまで計上可能としている》

 要するに、2022年以降は、遺書などのエビデンス以外にも「借金が多くて悩んでいたみたい」という周辺の情報も採用することになったのだ。「カウントする条件」が拡大されたのだから当然、自殺者数も増えていく。単に物価高だけが要因とは断定できない。

 厚労省自殺対策推進室「令和6年中における自殺の状況」をみると、令和6年の自殺者数は2万320人で前年と比べ1517人減少し、統計開始以降2番目に少ない数値となるなど、自殺者全体の数は確実に減少している。そんなダウントレンドのなかで「多重債務が原因」だけが増えているという「報道」には何かしらの意図を感じてしまうのは、筆者だけではあるまい。

 では、なぜ金融庁は「多重債務問題」の世論を盛り上げたいのか。その「答え」は共同通信のニュースの中にちゃんと含まれている。

《同時に複数業者へ申し込む総量規制すり抜けが横行している疑いがあり、業者への聞き取りを視野に入れる。使途確認を強化する監督指針改正も検討する》(同上)

 借金と無縁の方はあまりご存じないだろうが、「総量規制」とは多重債務を防ぐために2010年の法改正で決められた「年収の3分の1までしか借金ができない」というルールだ。例えば、年収100万のパートは33万、年収300万の会社員は100万円までしか借金できない。

 このルールをすり抜けて、年収の3分の1という上限を超えて借金をしている人がいる、となれば監督官庁としては、貸金業者やクレジットカード会社への規制をギリギリ厳しくして「多重債務者になりそうな人間には金を貸すんじゃねえぞ」としっかりとクギを刺したいとなるのは当然だ。