「タームプレミアム」拡大、財政審答申
財政リスクなどの「不確実性」を反映
長期金利の決定メカニズムを理解するうえで、最近、アメリカでも日本でも注目を集めているのが、「タームプレミアム」(期間プレミアム)という概念だ。
長期金利は、将来の短期金利についての市場予測を示す「期待短期金利」と、投資家が長期債を購入する際に求めるタームプレミアムに分解することができる。
タームプレミアムとは、「長期国債を保有する投資家が、短期金利を順次ロールオーバーしていく戦略に比べて追加的に要求する利回りの上乗せ分」を意味する。
その本質は「不確実性に対する補償」だ。タームプレミアムには、流動性、ボラティリティ、投資家の需要などのさまざまな要素が反映される。財政リスクも主要な要素の一つだ。
一般に債券の期間が長くなるほどリスクが高まるため、通常は、タームプレミアムはプラスになる。したがって、債券の利回りと償還期間の相関性を示すイールドカーブは右上がりになる。
しかし、市場環境や投資家需要、金融政策などによってマイナスとなることもあり、この場合、イールドカーブがフラット化する。場合によっては、右下がりになることもある。
この概念は、財政制度等審議会の12月2日付答申にも登場した(「令和8年度予算の編成等に関する建議 Ⅰの2の(3)金利動向」)。
この答申の図表Ⅰ-2-11では、「長期金利は、先行きの短期金利の市場における見通しである期待短期金利と、投資家が長期債をリスクテイクすることにより求めるタームプレミアムに分解される」、「タームプレミアムは、流動性(売買のしやすさ)、ボラティリティ、投資家需給等の様々な要素が含まれるが、財政リスクもその主要な要因」と説明している。
ただし、ここでは25年1月までのデータしか示されておらず、高市政権の財政政策の影響は分からない。なお、25年1月までの期間におけるタームプレミアムの上昇は、24年3月にYCCが解除されて以来、金利の期間構造が正常化しつつあることの反映だろう。
金融政策での対応が必要
政策金利引き上げで市場を安定化
タームプレミアムの上昇によって長期金利が上昇している場合、低い政策金利を維持すると次のような問題が生じる。
第1に、イールドカーブが過度に急峻になり、 金融仲介に歪みが生まれる。
第2に、市場は将来のインフレを警戒しているのに中央銀行が動かなければ、中央銀行に対する信認が低下する。
第3に、より高いタームプレミアムを市場が要求し、長期金利がさらに上昇する。
このため、市場が財政リスクを警戒して長期金利が上昇している局面では、中央銀行は政策金利を引き上げて、市場の期待を安定化させる必要がある。
日本では、日銀が16年に異次元緩和の一環としてイールドカーブコントロール(YCC)政策を導入し、長期金利をほぼ0%に釘付けしてしまった。このため、タームプレミアムが10年国債利回りに影響することがなくなっていた。
YCCが終了してタームプレミアムがプラスに戻ったことが、長期金利上昇に寄与しているのだ。
そして、高市政権の大規模な財政拡張により、将来の国債増発や財政規律に関する不確実性が高まった。その結果、タームプレミアムはさらに上昇したと考えられる。
日本の長期金利は、10月初めに高市氏が自民党総裁に選出される以前には1.66%だった。12月8日までの約2カ月で0.31%幅の急上昇となり、19年ぶりの2%台も近づいている。
高市政権は、補正予算に続いて、来年度予算も規模の拡大を目指すだろう。
「責任ある積極財政」というスローガンを掲げているが、市場では、財政規律の弛緩や国債需給関係悪化への懸念が強まっている。国債発行額も増発されるものと思われる。このため国債の需給が悪化し、金利がさらに高騰する。
こうしたタームプレミアムの上昇による長期金利の上昇に対して、政策金利の引き上げが必要となる。
財政放漫化放置では根本解決にならず
住宅ローン金利上昇や利払い費増の問題も
ただし、問題は単純でない。
第1に、財政の問題を放置して政策金利引き上げで対処しても、問題の根源が解決されるわけでない。単に、対症療法を行っただけだ。財政放漫化という問題そのものを解決しなければならない。
財政制度等審議会答申は、「金利の安定や円滑な国債発行のためには、市場からの信認を確実なものとすることが益々重要となってくる。『経済あっての財政』という基本方針の下、これまでの歳出・歳入改革の努力を後退させることなく、債券市場における消化能力にも留意しながら、財政運営を進めることにより、財政の持続可能性を確保するべきである」としている。
第2に、政策金利を引き上げれば、次のようにさまざまな問題が起きる。
▼住宅ローンの金利引き上げ。これは家計消費を圧迫する。
▼中小零細企業の利払いの増加。これによって中小企業の倒産率が上昇する。
▼国債利払費の増大。これによって財政収支がさらに悪化する。
▼保有国債の価格下落。これにより金融機関の含み損が拡大する。
▼銀行貸出金利の上昇。これにより株価への下押し圧力が強まる。
こうして、経済全体を不況に陥れる危険がある。実際の政策決定では、これらの要素を考慮しなければならない。
植田総裁は利上げをすでに示唆
市場は12月追加利上げを織り込む
日銀は12月の金融政策決定会合でどのような判断をすべきだろうか。
植田総裁は12月1日、名古屋市内で開いた金融経済懇談会で、12月の金融政策決定会合で、利上げに踏み切ることを強く示唆した。
そして、政策金利を引き上げても、なお緩和的であるとも語った。これは現在の政策金利の水準が、中立金利に比べてずっと低いことを指摘したと考えられる。
これを受けて市場では、日銀が利上げに踏み切るとの観測が強まっている。
問題はどの程度の利上げを行うかだ。そしてこの利上げが、長期金利の動向や株価、為替レートにどのような影響を与えるかだ。
植田総裁が26年以降の金融政策正常化の展望をどのように語るかも注目だ。
(一橋大学名誉教授 野口悠紀雄)








