遺体を発見したのは、「ロシア国立クリリスキー自然保護区」の職員だ。NPO法人「北の海の動物センター」がビザなし専門家交流で共同調査を続けてきたカウンターパートの一人で、「海流の関係で国後島に漂着する可能性がある」と毎日、海岸線を歩いて捜してくれていたのだ。
『見えない壁 北方四島の記憶』(本間浩昭 KADOKAWA)
「できるだけ早くご遺体を遺族の方々にお返ししたいと思います。私がボートで途中まで届けますから引き取りに来てください」
彼は、最短の時間で遺体を引き渡したい、と考え、根室海峡の「見えない壁」あたりを会合場所に想定していたのである。
ところが、ロシアで国境管理を担当する国境警備庁は、遺体をいったんサハリンに運ぶことを強く主張し、結局、引き渡されるまで約4カ月半を要した。彼らが「南クリル」と呼ぶ北方領土が、自国の実効支配下にあることを日本に認めさせたいロシアにとって、日本側に直接引き渡すわけにはいかなかったのだ。
サハリン本島に漂着した1体も含め3体の遺体は最終的には、海上保安庁の巡視船がサハリンまで引き取りに行った。事故が起きたのは4月23日。冷凍された遺体が小樽港に帰還したのは、4カ月半後の9月10日であった。
80年前と何ら変わりない「見えない壁」が、根室海峡にいまも厳然と立ちはだかっていることの証左だと思うのは私だけであろうか。







